中日春秋
2014年2月20日
 古い怪奇映画なんかのおしまいにこんなナレーションがよく入る。「あなたにも、起こるかもしれない話なのです」。現実かもと警告する。これが実に怖い
▼「あの鉛色の物体がいつあなたの庭に落ちてくるかもしれないのです。明日、目が覚めたら、まず庭をご覧ください」。「ウルトラセブン」の「緑の恐怖」。おびえた記憶がある。庭を見ろ。具体的な指示が一層怖さを強める。そんなはずはない。でも
▼<多喜二忌や糸きりきりとハムの腕>秋元不死男(ふじお)。二十日は『蟹(かに)工船』の作家小林多喜二の忌日である。一九三三年二月二十日、特高警察に逮捕され拷問死した。軍国主義に反対する危険思想の持ち主。そんな理由で人が殺される。わずか八十一年前のことである
▼<糸きりきりとハムの腕>。「きりきり」という、オノマトペ(擬音語)が醸す恐怖。小林が死んだ八年後の四一年に秋元も新興俳句弾圧の京大俳句事件で特高に検挙された。きりきりは自分の痛みでもあろう
▼前の俳号は、東(ひがし)京三。並べ替えると共産党。<冬空をふりかぶり鉄を打つ男>。鉄は資本主義。それを打つので革命だ。いずれの特高の言い掛かりも狂気である
▼日本は今どっちへ向かう。平和か。小林や秋元の時代か。<戦争が廊下の奥に立つてゐた>。秋元と同じ時期に摘発された渡辺白泉(はくせん)。明日、目が覚めたら、まず廊下をご覧ください。