中日春秋
2014年2月19日
今から百二年前の三月、北海道の旭川は大雪に見舞われ、街中の交通は麻痺(まひ)した。その時、日本に伝わって間もない新兵器が威力を発揮した。郵便局員が覚えたばかりのスキーで、郵便物を運んだのだ
▼この郵便局員にスキーを手ほどきしたのが、オーストリア・ハンガリー帝国陸軍の将校レルヒ。アルペンスキーの創始者の弟子だった彼は一九一〇年に来日し、新潟や北海道でその技を伝えた。それが日本スキー界の第一歩とされる(長岡忠一著『スキーの原点を探る』)
▼そのレルヒにあやかって名付けられたのが、二十歳の清水礼留飛(れるひ)選手だ。「礼儀正しく、つらくとも踏み留(とど)まり、遠くへ飛んでほしい」との両親の思いが、ソチの空に華麗な弧を描いた
▼清水選手が132・5メートルのジャンプで勢いを付け、四十一歳の葛西紀明選手が134・0メートルの飛行で銅メダルを決めた。「メダルの色は関係ない。四人力を合わせてとれたのがうれしい」と語った葛西選手の涙の重みが、中継の画面から伝わってくるようだった
▼日本のスキーの父・レルヒは、ある女性と熱烈な恋に落ちたが、彼女は心ならずも他の男性と結婚することになった。レルヒはひたすらそのひとを想い続け、三十年近くも待ち続けた末に、結ばれたそうだ
▼オリンピックに七回も挑戦し続けた葛西選手のひたむきな思いも、五輪の女神の胸に届いたのだろう。
2014年2月19日
今から百二年前の三月、北海道の旭川は大雪に見舞われ、街中の交通は麻痺(まひ)した。その時、日本に伝わって間もない新兵器が威力を発揮した。郵便局員が覚えたばかりのスキーで、郵便物を運んだのだ
▼この郵便局員にスキーを手ほどきしたのが、オーストリア・ハンガリー帝国陸軍の将校レルヒ。アルペンスキーの創始者の弟子だった彼は一九一〇年に来日し、新潟や北海道でその技を伝えた。それが日本スキー界の第一歩とされる(長岡忠一著『スキーの原点を探る』)
▼そのレルヒにあやかって名付けられたのが、二十歳の清水礼留飛(れるひ)選手だ。「礼儀正しく、つらくとも踏み留(とど)まり、遠くへ飛んでほしい」との両親の思いが、ソチの空に華麗な弧を描いた
▼清水選手が132・5メートルのジャンプで勢いを付け、四十一歳の葛西紀明選手が134・0メートルの飛行で銅メダルを決めた。「メダルの色は関係ない。四人力を合わせてとれたのがうれしい」と語った葛西選手の涙の重みが、中継の画面から伝わってくるようだった
▼日本のスキーの父・レルヒは、ある女性と熱烈な恋に落ちたが、彼女は心ならずも他の男性と結婚することになった。レルヒはひたすらそのひとを想い続け、三十年近くも待ち続けた末に、結ばれたそうだ
▼オリンピックに七回も挑戦し続けた葛西選手のひたむきな思いも、五輪の女神の胸に届いたのだろう。