中日春秋
2014年2月11日
 病を得て…。この言い方が何か納得いかなかった、と美術家にして作家の赤瀬川原平さんが書いていた。病気は嫌なもの、避けたいものなのに、まるで得をしたような言い方をするのは、どういうことかとの疑問である
▼中国語で病気になることを「得病」とも言うそうだから、漢文を通じ広まった言い方かもしれぬが、日本語の「病を得る」という表現には、病さえ天与の試練として受け入れようというような哲学的な妙味が漂う
▼いや実際、病毒そのもののようなウイルスを得ずに、私たちは生きてこられなかったらしい。そもそも胎児は父親の特徴も受け継いでおり、母親にとっては「異物」という側面がある。本来なら母親の免疫反応で拒絶されるはずなのに、そうはならない
▼考えてみれば不思議なこの仕組みこそ、ウイルスの仕業だと言う。二千五百万年前に霊長類の染色体に組み込まれたある種のウイルスが、胎児を守る膜を作るのに決定的な役割を果たしていると分かったそうだ(山内一也著『ウイルスと人間』『ウイルスと地球生命』岩波書店)
▼驚くべきことに、私たち人類の遺伝情報のうち半分ほどはウイルスが関連するものだという。感染したウイルスの遺伝子をも取り込み、自らの生命の設計図を広げて、進化してきた生物
▼「病を得る」という表現は、現代科学の謎解きで、妙味を深めているようだ。