中日春秋
2014年1月29日
 <雀(すずめ)の子そこのけそこのけ御馬が通る>。この一茶の句を声に出して読んでみよう
▼八十二歳で逝った声優の永井一郎さんは友人と、そんな試みをしたことがあったという。永井さんは「雀の子」で一拍入れた。友人は「…そこのけそこのけ」で切った
▼どこで間を取るかそれだけの差で見える情景は変わってくるはずだと、永井さんは『朗読のススメ』(新潮社)に書いている。永井流だと、馬はまだ遠くにいて、雀の子には逃げる余裕が十分ある。のどかな光景だ。友人の切り方だと、馬がすぐ間近に来ているような切迫感が出る
▼その人には何が見え、どんな状況に身を置いているのか。それを追求すれば、自然に「間」が生まれると、永井さんは言う。四十五年間演じたアニメ「サザエさん」の磯野波平は、放送開始の一九六九年に五十代なら、多くの友を戦争で失った世代。いま五十代なら、戦後育ち。あまりに違う時代背景。ならば時代を超え理想となる父親を表現しようと、波平その人をつくり上げたという
▼大学を卒業する時、永井さんが反対されるのを覚悟の上で、父に役者になることを伝えると、言われたそうだ。「好きにおし。お前には財産ものこしてやれんが、絶対の自由をのこしてやる」
▼この父にして波平あり。あののんびりしたしわがれ声が言っているのを、想像してみる。「カツオ、お前には…」