中日春秋
2013年10月17日
 一九四三(昭和十八)年の十月十六日、東京は青空だったという。七十年前のこの日、早稲田大学と慶応大学の野球の試合が東京・戸塚球場で行われた
▼学徒出陣壮行の「最後の早慶戦」と呼ばれる試合。戦局は厳しくなり、リーグは既に解散している。敵国スポーツの野球への風当たりは強い。それでも、戦地に赴く前にもう一度、早慶戦をやりたかった
▼試合は早稲田の圧勝に終わった。そんなことはもはや関係なかった。当時の回想をまとめた「最後の早慶戦」(ベースボール・マガジン社)によると、早稲田、慶応の区別なく、みんな泣いた
▼「試合中は忘れていたが、やはり戦争に行くのかと現実に引き戻された」「もう生きて帰れない。野球も終わりだ」。どんなに切なかったか
▼台風26号は各地に深い傷痕を残した。伊豆大島の人々や、行方不明になっている神奈川県二宮町の小学生、その子を心配する母親のことを思えば、どう書いていいのか、言葉が出てこない。母親は海を見に行っていいかと尋ねた子どもを止めていたという
▼悲しいのは、台風が通過した後、あっけらかんとした青空が広がることかもしれない。さっきまで、あんなにひどい嵐だったのに、青い空はなに食わぬ顔で下界の人間を見下ろしている。あの試合の日のように人の気持ちは関係ない。無情で残酷な青空の日というのがあるのか。