中日春秋
2013年10月10日
 聖という字は耳と口と王からできている。白川静博士の『常用字解』(平凡社)によると、この場合の王は、つま先で立つ人を横から見た形、口は祝詞(のりと)を入れる器の形だ
▼そして耳。古代の人は、耳には神の声を聞く働きがあると考えていたそうだ。神の啓示は、かすかな音で示される。神に祈り、じっと耳を傾ける。そんな謙虚で真摯(しんし)な姿勢が、聖という字には込められているのだという
▼さて、政府・自民党の環太平洋連携協定(TPP)交渉に取り組む姿勢は、どうだろうか。コメなど農業の重要五項目を「聖域」と謳(うた)い、それを守ると約束して、衆参両院選で支持を集めたはずだが、ここにきて譲歩する姿勢を見せ始めている
▼TPPの旗振り役であるオバマ米大統領が首脳会合に出席すらできず、目標の年内妥結は相当厳しい雲行きになっている。そんな状況であるのに、聖域での譲歩を言い出すという日本の前のめりぶりには、どんな理由があるのだろう
▼知りたいことは多々ある。もちろん貿易交渉に秘密はつきものだが、国のかたちを変えかねないTPPだ。日本のみならず、米国の議会からも極端な秘密性を懸念する声が出ている
▼日本の交渉担当者は、こう言い放ったそうだ。「交渉経過に興味を持つ方がおかしい」。聖域を守るはずのわが交渉団に、それにふさわしい謙虚な耳がついているのかどうか。