中日春秋
2013年10月7日
 巨人の監督だった川上哲治さんは、石磨きという少し変わったストレス解消法を持っていた。遠征にはバッグの中に電動グラインダーと磨きかけの石を一個入れ、宿舎の自室に閉じこもって磨き始める
▼作家の新宮正春さんは、川上さんが下着一枚で粉だらけになってグラインダーを回す姿を目撃したことがある。仕上げは紙やすり。熱中しすぎて、指の指紋が消えてしまったこともあるそうだ
▼何かを磨く作業は心を見つめることに通じるのだろう。作家の吉村昭さんは短編小説のテーマが決まらない時、何を書こうかと考えながら台所のフライパンなどを磨く癖があった
▼自分が怠けているからか、とお手伝いの女性が気を悪くするのを心配したが、癖が分かると「これが汚れているんですが」と差し出すようになったという
▼競技の世界に目を転じると、磨き抜かれた技は美しく爽快だ。十七歳の新星は三歳から始めたトランポリンを通じて、ひねりの技を磨いた。体操の世界選手権の男子床運動で初優勝した白井健三選手は、フィニッシュをこの大会で命名された「シライ」で決めた
▼後方伸身宙返り四回ひねり-。映像を見ればこの離れ技の凄(すご)みが分かる。伸び悩んだ時期は記憶にない、とコーチを務める父がいう。初々しさが残る高校生が心と技を磨き抜けば、七年後の東京五輪を彩る代表的な存在になるだろう。