中日春秋
2013年9月12日
 雑草が生い茂り、土台のコンクリートしか残っていない住宅の跡に、歌詞の書かれた板がぽつんと立っていた。<旗をなびかせ競い合う様に漁船の波しぶき/今日もまた無事でネと祈った日和山/朝霧の広浦貞山運河水面に鳥が鳴く/帰りたい帰れないもう一度帰りたい>
▼住民の一割以上が犠牲になった宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。ここに住んでいた人が立てたのだろうか。演歌調の歌詞には「望郷港町」という題名が付けられていた
▼震災から二年半を迎えたきのう、かつては活気ある港町として栄えた閖上の地を再訪した。破壊された護岸の改修が続く港では、のんびりと釣り糸を垂れる人もいる。サーフィンを楽しむ若者たちが名取川を泳いで渡っていた
▼津波の犠牲になった橋浦きよさん=当時(92)=が作っていた名物の閖上たこ焼きを復活させようと、若者が港の近くに店を出していた。一串百円。ボランティアの人たちの間でなかなかの人気だった
▼被災地ツアーの観光バスが何台もやってくるこの町に暮らす人は今、一人もいない。津波の怖さは深く刻まれ、戻りたいと望む住民は三割弱。市の復興計画の策定は遅れている
▼家を流された男性は、東京五輪開催決定を祝うお祭り騒ぎを別の国のことのように感じている。建設ラッシュで東京に人や資材が集中し、東北の復興が遅れてしまうことが心配だという。