中日春秋
2013年8月20日
 終戦から三カ月たった一九四五年の十一月十八日、三十六歳の青山フユさんは日記に書いた。<疎開の荷物を運び出す…彼を待つ準備もうれしい>
▼しかし、その三日後、夫の戦死が知らされる。十一月三十日の日記は、こうしたためられた。<雨降る。終日家に立てこもり、彼との生活をなす。思えば涙のみ溢(あふ)れ一入(ひとしお)堪えがたし>
▼フユさんの手元には、夫の泉さんがフィリピン戦線から送り続けた約百四十通の手紙が残った。その手紙とフユさんの日記の一部を収めた『戦場からの恋文』(中日新聞社出版部)を読めば、あの時代を生きた一組の夫婦の息遣いが蘇(よみがえ)る
▼出征した四二年の暮れ、泉さんは手紙に書く。<内地から半分持って来たもの(愛情なんて言葉には当てはまらないほどの根強いもの)をじっと握りしめている事で、俺の毎日は幸福だと思っている。来るべき日の為(ため)にお互いをもっと強く鍛え上げようではないか>
▼手紙は翌年三月に届き、フユさんは日記に<彼からの便りを繰り返し見たりして楽しく過ごす。もっともっとよりよき生活を築く夢を描いて見る…そうありたくてならぬ>と書いた
▼泉さんの死は、四五年九月二十三日。終戦後も戦闘状態が続く中、病と飢えで命を落としたという。九十歳まで生きたフユさんは、戦場からの恋文の一字一句をノートに書き写し、心の支えにしたそうだ。