中日春秋
2013年7月17日
二年前の三月十二日午後三時ごろ、つまり東日本大震災が起きてから、ちょうど丸一日がたったころ、福島県南相馬市の農家で、一頭の子牛が生まれた
▼飼い主の宮川フジコさん(62)は、その日の午前、北隣の相馬市にある道の駅に一時避難したが、出産予定日を一週間過ぎた雌牛が心配で、午後には家に戻っていた。無事出産が終わり、母が子をなめ、子は乳を飲んだ。宮川さんは、子牛に「のぞみ」と名を付けた
▼宮川さんの家は福島第一原発から二十キロ圏内。夫の退職金で新しい機械を買いそろえ、和牛の繁殖に力を入れ始めた時に起きた災禍。どうなるか分からぬ不安があったからこそ、子牛の名に希望を託した
▼しかし結局、「のぞみ」は餓(う)え死にしてしまった。避難先の郡山市から家まで車で二時間。四、五日おきに通ったが、か弱く鳴く子牛を助けてあげようもなかった。生き延びた牛も殺処分にされた
▼宮川さんら八百人は、国と東電を相手取り「もとの美しい福島、ふるさとを返せ」と、福島地裁に提訴した。きのう始まった法廷での論戦は、事故の責任と今後の原子力政策のあり方を問うものでもある
▼都会に住む宮川さんのお孫さんは、震災の翌年に生まれた弟と、おばあちゃんの家に行き、牛に草をあげるのを楽しみにしているそうだ。宮川さんは、牛たちがみんないなくなったことを話せずにいる。
2013年7月17日
二年前の三月十二日午後三時ごろ、つまり東日本大震災が起きてから、ちょうど丸一日がたったころ、福島県南相馬市の農家で、一頭の子牛が生まれた
▼飼い主の宮川フジコさん(62)は、その日の午前、北隣の相馬市にある道の駅に一時避難したが、出産予定日を一週間過ぎた雌牛が心配で、午後には家に戻っていた。無事出産が終わり、母が子をなめ、子は乳を飲んだ。宮川さんは、子牛に「のぞみ」と名を付けた
▼宮川さんの家は福島第一原発から二十キロ圏内。夫の退職金で新しい機械を買いそろえ、和牛の繁殖に力を入れ始めた時に起きた災禍。どうなるか分からぬ不安があったからこそ、子牛の名に希望を託した
▼しかし結局、「のぞみ」は餓(う)え死にしてしまった。避難先の郡山市から家まで車で二時間。四、五日おきに通ったが、か弱く鳴く子牛を助けてあげようもなかった。生き延びた牛も殺処分にされた
▼宮川さんら八百人は、国と東電を相手取り「もとの美しい福島、ふるさとを返せ」と、福島地裁に提訴した。きのう始まった法廷での論戦は、事故の責任と今後の原子力政策のあり方を問うものでもある
▼都会に住む宮川さんのお孫さんは、震災の翌年に生まれた弟と、おばあちゃんの家に行き、牛に草をあげるのを楽しみにしているそうだ。宮川さんは、牛たちがみんないなくなったことを話せずにいる。