中日春秋
2013年7月2日
 源氏蛍と平家蛍は、武士(もののふ)たちの亡霊。だから年に一度、宇治川で大合戦をする。そんな光景を随筆『蛍』に綴(つづ)ったのは、小泉八雲だ
▼<蛍合戦が済むと、宇治川は、漂い流れる蛍のなおきらきらと輝くむくろにおおわれて、さながら銀河のように見える>と、八雲は光が滴るような筆で幻想の美を描きつつ、進化論の時代の知識人らしく、こうも記した
▼<蛍の真のロマンスのありかは、日本の民間伝承の妖しい野辺でもなければ、日本の詩歌の古雅な庭園でもなく、科学の大海原こそがその場>であると(『日本の名随筆 虫』作品社)
▼蛍はなぜ光るのか。発光生物の「大海原」を探索する名古屋大学の大場裕一さんによれば、蛍は卵も幼虫もサナギも光るが、卵と成虫では発光の仕組みが違うという。卵やサナギはボーッと光り「食べるとひどい目に遭うぞ」と警告し、成虫は点滅信号で「愛し合おう」と伝えるらしい
▼光る意味は違えども「光の源となる物質は、脂肪を燃やす酵素からそれぞれ進化したようだ」と、大場さんは話す。「脂を燃やす酵素のたった一つのアミノ酸を変えただけで、光る酵素になるのです」
▼進化の神秘を八雲はこう見た。<生命を有する物質のどんな単位にも無限の力が潜み眠っている…今は消滅した幾億万の宇宙の無限にして不滅の経験が宿っている>。蛍の銀河を見てみたいものだ。