中日春秋
2013年6月23日
<血を吸ひし島の扶桑が焔(ほのお)なし狂ひさくらむ夏のまさかり>井伊文子。彦根の井伊家に嫁いだ旧琉球王家尚昌の長女が、故郷への鎮魂を込めた歌である(菅野匡夫編『短歌で読む昭和感情史』)。沖縄戦で流れたおびただしい血を吸った扶桑(仏桑花・ハイビスカス)が真夏、炎を上げるように咲き乱れる妖しい姿が浮かぶ
▼南方の日本兵が飢えと玉砕で斃(たお)れ、降り注ぐ焼夷(しょうい)弾に本土の銃後の人々が逃げ惑っていた昭和二十年六月二十三日、守備軍司令官の牛島満中将が自決して、沖縄での日本軍による組織的な抵抗は終わる。きょうは六十八回目の慰霊の日だ
▼本土防衛の「捨て石」にされた島は日米で二十万人余が亡くなった。県民は四人に一人が犠牲に。「鬼畜米英」というスローガンを信じ込まされた住民は、集団自決の悲劇を各地で繰り返した
▼NPOの遺骨収集活動に参加したことがある。土砂をスコップで除くと、さびた小銃の薬きょうが数多く見つかった。人骨を掘り出した人もいた。私はここに居る、という声が聞こえるような気がした
▼戦後七十年近くたって沈黙を破る人がいる。生きることに必死だった時は封印していた辛(つら)い記憶がよみがえり、精神的に不安定になる人もいる
▼今もなお、捨て石にされる島には、血がしたたるような痛みや疼(うず)きを抱えて生きている人たちが無数にいることを忘れない。
2013年6月23日
<血を吸ひし島の扶桑が焔(ほのお)なし狂ひさくらむ夏のまさかり>井伊文子。彦根の井伊家に嫁いだ旧琉球王家尚昌の長女が、故郷への鎮魂を込めた歌である(菅野匡夫編『短歌で読む昭和感情史』)。沖縄戦で流れたおびただしい血を吸った扶桑(仏桑花・ハイビスカス)が真夏、炎を上げるように咲き乱れる妖しい姿が浮かぶ
▼南方の日本兵が飢えと玉砕で斃(たお)れ、降り注ぐ焼夷(しょうい)弾に本土の銃後の人々が逃げ惑っていた昭和二十年六月二十三日、守備軍司令官の牛島満中将が自決して、沖縄での日本軍による組織的な抵抗は終わる。きょうは六十八回目の慰霊の日だ
▼本土防衛の「捨て石」にされた島は日米で二十万人余が亡くなった。県民は四人に一人が犠牲に。「鬼畜米英」というスローガンを信じ込まされた住民は、集団自決の悲劇を各地で繰り返した
▼NPOの遺骨収集活動に参加したことがある。土砂をスコップで除くと、さびた小銃の薬きょうが数多く見つかった。人骨を掘り出した人もいた。私はここに居る、という声が聞こえるような気がした
▼戦後七十年近くたって沈黙を破る人がいる。生きることに必死だった時は封印していた辛(つら)い記憶がよみがえり、精神的に不安定になる人もいる
▼今もなお、捨て石にされる島には、血がしたたるような痛みや疼(うず)きを抱えて生きている人たちが無数にいることを忘れない。