中日春秋
2013年5月6日
 <やってみせて/言って聞かせて/やらせてみて/ほめてやらねば/人は動かじ>。山本五十六の言葉だ。連合艦隊司令長官として知られる軍人が、褒めて育てる重要性を語ったところに意外感がある
▼巨人の監督だった長嶋茂雄さんも選手を褒める指導者だった。ただし、例外がいた。松井秀喜さんだ。引退するまで褒められたことは一度もなかったという
▼一九九二年、ドラフト一位で甲子園のスターを引き当てた長嶋さんは、徹底的に素振りをさせて鍛えた。スランプに陥った時は現役時代に長嶋さんが自宅地下につくった練習部屋でバットを振らせた
▼師弟の鍛錬の日々は松井さんが本塁打王を獲得した後も続いた。なぜ、褒めなかったのか。その答えは昨年暮れ、松井さんが引退を表明した際に、長嶋さんが寄せたコメントの中にあった
▼「これまでは飛躍を妨げないよう、あえて称賛することを控えてきたつもりだが、ユニホームを脱いだ今は、『現代で最高のホームランバッターだった』という言葉を贈りたい」。弟子をさらなる高みに押し上げようとした師の心だ
▼長嶋さんと松井さんにきのう、国民栄誉賞が授与された。九年前、脳梗塞で倒れた長嶋さんは始球式で、松井さんの投げた球を左手一本で振り切った。「いい球だったら打っていた」と長嶋さん。政治的な思惑もかすんでしまう存在感だった。