中日春秋
2013年4月2日
 <万愚節に恋うちあけしあはれさよ>は、安住敦さんの句。いくらやむにやまれぬ切ない想(おも)いがあふれても、エープリルフールに大事を告げるのは、あまり賢明ではない
▼長嶋茂雄さん、松井秀喜さんという二人のヒーローに国民栄誉賞が贈られるというニュース速報に接し、一瞬「これはひょっとして」と疑った人もいるのではなかろうか。無論、賞にふさわしいお二人だが、四月一日の吉報は何ともまぎらわしい
▼いや、いかにも長嶋さんにふさわしいと思えぬでもない。この人ほど、嘘(うそ)かと思うようなユーモラスな逸話に彩られたヒーローはいないだろう
▼例えば…川上哲治監督が長嶋選手にノックを浴びせようとしたが、モジモジしている。呆(あき)れたことに、グラブを忘れてきたのだが、コーチ陣はニンマリ。長嶋さんが忘れ物をするのは、試合に向け集中している証拠。そんな日は活躍間違いなしだったらしい(藤本義一編『いわゆるひとつの長嶋茂雄語録』)
▼ミスター春風駘蕩(たいとう)。そんな長嶋さんがあの笑顔を封印し、手ずから鍛え上げたのが、松井選手だ。長嶋さんが監督を勇退した年のホーム最終戦。監督の前でいつもと同じように素振りを続けつつ、松井選手は大粒の涙をぽろぽろこぼしたという
▼心を鬼にして育てた愛(まな)弟子が、初めて監督に見せた涙。師弟そろっての受賞の知らせが、球春に花を添えた。