中日春秋
2013年4月1日
 「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む珍しい姓がある。由来は江戸時代にさかのぼる。公家や武家社会では、わずらわしい更衣(衣替え)のしきたりが厳格に守られていた。庶民の間にもそれなりの習慣があり、そこから外れることは恥だった
▼春の衣替えは旧暦の四月一日。綿入れの着物から袷(あわせ)に替えたため、四月一日を「わたぬき」と読むようになり、「綿貫」という姓の別の表現になったという(岡田芳朗著『春夏秋冬暦のことば』)
▼きょうから四月。進学や就職で新しい世界に飛び込む人たちにとっては、期待と不安を秘めた出発だろう。フレッシュな新社会人の姿は忘れかけた初心を思い出させてくれる
▼太宰治の小説『パンドラの匣(はこ)』の最後はこんな言葉で締めくくられる。<極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓(つる)に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。『私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽(ひ)が当たるようです』>
▼作家の童門冬二さんは落ち込んだ時や落ち込みそうな時、この言葉をつぶやくという(『人生を励ます太宰治の言葉』)
▼つまずかない人生などない。自分が歩いて行く方向に必ず陽光が差し込むのだ。そう信じて、心の重荷を軽くしてみたい。衣替えで厚いコートを脱ぎ捨てるように。