中日春秋
2013年3月27日
 和ろうそくの光だけで、人形浄瑠璃を見たことがある。信州伊那谷の今田人形座が上演した『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひかのこ)』だ。灯火の揺れがそのまま、八百屋お七の狂おしい心の揺れとなった。寒けがするほど美しい舞台だった
▼当たり前の話だが、人形浄瑠璃も歌舞伎も、電灯の光の下で生まれ育った芸能ではない。江戸の昔の芝居小屋は、変幻する自然の光とろうそくが、陰の演出家となるような、闇に満ちた空間だったのだろう
▼そんなことをあらためて思ったのは、愛知県美術館で開催されている『円山応挙展』を見てのことだ。この展覧会の白眉は、兵庫県・大乗寺の「孔雀(くじゃく)の間」と「郭子儀(かくしぎ)の間」の再現展示だ
▼今では寺でも収蔵庫入りとなっている重要文化財なので、ろうそくこそ使えないが、夜明けから再び闇に沈むまでの自然光の移り変わりを、最新の調光技術を使い再現してある。寺と同じ畳を敷いてあるから、清々(すがすが)しい香りも漂う
▼金箔(ぱく)の上に墨で描いただけなのに、微妙な光の変化と呼応するかのごとく、孔雀の羽が鮮やかな色彩を放ち、松の葉が濃緑に艶めくのは、なぜか。そんな疑問を抱かせるのも、展示の妙だろう
▼写実の名手・応挙は騎馬像を描けば、馬術の名人をして「この絵は当流の秘伝の奥義を表している。描かれては困る」と嘆かせたという。名画を前にしての嘆息なら、何度ついてもいい。