中日春秋
2013年2月5日
 両親の許(もと)へ、プレゼントの特大のケーキを持って行ったら、玄関先で蹴つまずき、ぐしゃぐしゃにしてしまった-。十二代市川団十郎さんは、白血病になった時の心境を『団十郎復活』に書いている
▼両親への贈りものとは、九年前の市川海老蔵襲名披露だった。何せ団十郎と海老蔵の共演は、七、八代目以来百五十年ぶりのこと。自身は海老蔵襲名を前にした十九歳の時、先代に先立たれていた
▼だからこそ父子共演を成功させ、いずれあの世で「親父(おやじ)さん、あなたより長生きしたよ。そしてあなたのできなかった団十郎・海老蔵が一緒の舞台に立つことができたよ」と報告するつもりだったが、その公演中に発病した
▼「光さえ苦痛になって耐えられない」ほどの闘病を経て復帰し感じたのは、団十郎という名前に負わされた日本文化継承の役目の重さだったという。お家芸の大きく目を見開き黒目を寄せる「にらみ」を見れば病も飛ぶ、厄払いだと江戸っ子はありがたがった。信心の的にすらなる名の重さ
▼<今ここに団十郎や鬼は外>とは、二代目と親交があった其角(きかく)の句。節分の夜に逝った十二代目は、あの世で報告しているだろうか。「ご先祖様が果たせなかった坂田藤十郎さんとの共演も、海老蔵、団十郎のそろい踏みも果たしました」
▼歴代の団十郎たちが「これはでかした」と大きな目を細めているだろう。