中日春秋
2013年1月31日
 九十二歳で逝った作家、安岡章太郎さんは戦時中、病を得たために、九死に一生を得た
▼大学在学中に召集され、中国大陸に送られた。夏になり所属部隊は南方へ転ずる。転戦先はレイテ島。そこで、部隊はほぼ全滅する。だが、安岡さんは部隊出発の前々日に、四〇度の高熱を発し入院したため置いていかれ、命拾いした
▼だから自伝的な戦争小説『遁走(とんそう)』が描くのは、戦闘ではない。作家が体験した人間を使い捨ての兵器にするための兵営の日常。指導名目の暴力だ
▼<殴られるための正当な理由、そんなものはどこにもあるはずはない。けれども殴られた直後には、どうしたってその理由を考えずにはいられない><ところが軍隊では「考える」などということで余計な精力を浪費させないためにも、殴って殴りぬく>
▼異常な世界である。しかし、そんな体質が戦後も運動部などに受け継がれ、日本人は美談にすらしているとも、安岡さんは書いていた。そんな作家の訃報を伝えた朝刊が、女子柔道の五輪代表監督の「暴力指導」も報じたとは、何たる皮肉か
▼五輪での不振を受け、全日本柔道連盟は「選手の試合中の状況判断が甘かった。監督らが教えすぎ、選手の自主的に考える力が低下した」と反省した。それでもなお、暴力を使う監督を続投させるのは「暴力が、自主性を高める」とでも思ってのことなのか。