中日春秋
2012年12月11日
小沢昭一さんは、九十九歳になったその日の夜に、この世を去ることを期していた。誕生日は四月六日。人間は生まれた日に死ぬべきもの、というのが持論だったらしい
▼辞世の句も幾つか用意してあった。映画のロケ中に崖から落ち、大けがをしたことがある。その時思ったそうだ。いざとなったら、とても辞世の句はできない。つくっておこう。そこで一句<出来すぎと思うわが世の春惜しむ>。こんな句も。<あと三日生きて香奠(こうでん)調べたし>
▼同級生のフランキー堺、加藤武さんといった後の名優たちと演じた中学校の演芸会が、俳優としての第一歩だった。一人だけの劇団「しゃぼん玉座」を主宰し、一人芝居で至芸を見せ続けた
▼ある日、学習院高等科の生徒たちが一人芝居を見に来た。あまりに観劇マナーがいいので、数人を楽屋に招き入れた。いつものくだけた調子で応対したら、中の一人が帰りがけ小声で、「僕、アヤノミヤです」「母がファンです」
▼殿下と知りさすがに内心慌てたが、態度を豹変(ひょうへん)するのも…とそのままの口調で、「そうかい、じゃ、オッカサンによろしくね」
▼<志ん生に会えると春の黄泉(よみ)の道>。これもかねて用意の辞世の句。今ごろあの世で、古今亭志ん生の噺(はなし)を堪能しているだろうか。春の日に逝くことはかなわなかったが、その洒脱(しゃだつ)であたたかな芸風は春の日差しのようだった。
2012年12月11日
小沢昭一さんは、九十九歳になったその日の夜に、この世を去ることを期していた。誕生日は四月六日。人間は生まれた日に死ぬべきもの、というのが持論だったらしい
▼辞世の句も幾つか用意してあった。映画のロケ中に崖から落ち、大けがをしたことがある。その時思ったそうだ。いざとなったら、とても辞世の句はできない。つくっておこう。そこで一句<出来すぎと思うわが世の春惜しむ>。こんな句も。<あと三日生きて香奠(こうでん)調べたし>
▼同級生のフランキー堺、加藤武さんといった後の名優たちと演じた中学校の演芸会が、俳優としての第一歩だった。一人だけの劇団「しゃぼん玉座」を主宰し、一人芝居で至芸を見せ続けた
▼ある日、学習院高等科の生徒たちが一人芝居を見に来た。あまりに観劇マナーがいいので、数人を楽屋に招き入れた。いつものくだけた調子で応対したら、中の一人が帰りがけ小声で、「僕、アヤノミヤです」「母がファンです」
▼殿下と知りさすがに内心慌てたが、態度を豹変(ひょうへん)するのも…とそのままの口調で、「そうかい、じゃ、オッカサンによろしくね」
▼<志ん生に会えると春の黄泉(よみ)の道>。これもかねて用意の辞世の句。今ごろあの世で、古今亭志ん生の噺(はなし)を堪能しているだろうか。春の日に逝くことはかなわなかったが、その洒脱(しゃだつ)であたたかな芸風は春の日差しのようだった。