中日春秋
2012年9月20日
正岡子規ほど小さな空間を広く生きた人は、いないだろう。<病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである>とは、新聞連載の随筆『病牀(しょう)六尺』の書き出しだ
▼若くして病に倒れ<僅(わず)かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団(ふとん)の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない>子規は「楽力(らくりょく)」の人だった、と俳人の坪内稔典さんが『正岡子規の<楽しむ力>』で書いている
▼子規は、三度の食事、病床から見える庭の草花、聞こえてくる物音、見舞客とのやりとり、腹が立ったり心が温まったりする新聞記事。つまり、日常のすべてを丹念に楽しむことで、世界を広げた。<病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない>とまで記した
▼その楽力の結晶が、病床で綴(つづ)った備忘録『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』だ。例えば、一九〇一(明治三十四)年の九月十九日。<間食 牛乳五勺(しゃく)ココア入 菓子パン 塩煎餅 飴(あめ)一つ 渋茶>と食事を細かに書きとめ、梅干しをいかに味わい尽くすか論じる
▼農村で暮らす友から、豊作の便りとともに鴫(しぎ)が三羽届いたことを記して、一句。<淋(さび)しさの三羽減りけり鴫の秋>。翌日、その鴫を焼いて味わった
▼子規が三十四歳で逝き、きのうで百十年。私たちにいま必要なのは、まさに楽力ではないかと思いつつ、『仰臥漫録』を読み返す。
2012年9月20日
正岡子規ほど小さな空間を広く生きた人は、いないだろう。<病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである>とは、新聞連載の随筆『病牀(しょう)六尺』の書き出しだ
▼若くして病に倒れ<僅(わず)かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団(ふとん)の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない>子規は「楽力(らくりょく)」の人だった、と俳人の坪内稔典さんが『正岡子規の<楽しむ力>』で書いている
▼子規は、三度の食事、病床から見える庭の草花、聞こえてくる物音、見舞客とのやりとり、腹が立ったり心が温まったりする新聞記事。つまり、日常のすべてを丹念に楽しむことで、世界を広げた。<病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない>とまで記した
▼その楽力の結晶が、病床で綴(つづ)った備忘録『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』だ。例えば、一九〇一(明治三十四)年の九月十九日。<間食 牛乳五勺(しゃく)ココア入 菓子パン 塩煎餅 飴(あめ)一つ 渋茶>と食事を細かに書きとめ、梅干しをいかに味わい尽くすか論じる
▼農村で暮らす友から、豊作の便りとともに鴫(しぎ)が三羽届いたことを記して、一句。<淋(さび)しさの三羽減りけり鴫の秋>。翌日、その鴫を焼いて味わった
▼子規が三十四歳で逝き、きのうで百十年。私たちにいま必要なのは、まさに楽力ではないかと思いつつ、『仰臥漫録』を読み返す。