中日春秋
2012年9月1日
 自分の足元のことを、どれだけ分かっているか。文字通り、足元を見つめれば、心許(こころもと)ない限りだ。自分が踏み付ける雑草や、蠢(うごめ)く小さな虫の名すら知らない
▼山形在住の自然写真家、永幡嘉之さん(39)の『巨大津波は生態系をどう変えたか』(講談社)は被災地の足元を見つめ続けた記録だ。ひたすら東北沿岸部を走り、歩いた。その距離は七万キロを超えた
▼多くの絶滅危惧種が姿を消していた。カワラハンミョウという小さな甲虫が棲(す)む砂浜は、地盤沈下でなくなった。四十一年前に発見された新種ヒヌマイトトンボが生息する汽水域のヨシ原は、一カ所を除き壊滅した
▼東北沿岸部は何度も大津波に襲われてきた。だが、これほど海辺がコンクリートで固められ、干潟や湿地が姿を消しての被災は初めてだ。小さな生物たちにとっても未曽有の災害なのだ
▼この夏、宮城の休耕田で、絶滅危惧種のミズアオイが咲き誇っている。やさしい青紫色の花が一面に咲く光景は、東北でも、長らく見られなかった光景だ。地中で数十年も眠っていた種が、津波で表土がかき回されたことで、目覚めたらしい
▼被災地では、巨大防潮堤の建設計画などが進んでいる。多くの住民が、海と切り離されて生きることに疑問を感じている。今こそ足元の豊かさを見つめなくては、「復興」ではなく、開発一辺倒への「復旧」になってしまう。