中日春秋
2012年8月20日
<日本は、イングランド以外の場所で私が訪れた最高の国です。山や海の景色は抜群です><江戸の官庁街ともいえるかいわいは、どの西洋列強にも引けをとらないでしょう>。幕末期の風景を絶賛する英国商人の手紙が、横浜開港資料館(横浜市)で公開されている
▼丁寧な字で父親に日本への親しみをつづったのは、チャールズ・レノックス・リチャードソン=当時(29)。この直後、東海道の生麦村(現横浜市鶴見区)で命を失う
▼一八六二年九月十四日(新暦)、薩摩藩主の父・島津久光の行列に馬に乗った四人の英国人が遭遇、攘夷(じょうい)思想に燃える藩士が激高し切りつけた。リチャードソンは絶命し、二人が重傷を負った
▼事件を機に起きたのが薩英戦争だった。英国との戦力差をまざまざと見せつけられた薩摩藩は、攘夷鎖国論を捨て開国論に転じた。歴史の転機になった生麦事件から今年で百五十年を迎える
▼現場の近くに「生麦事件参考館」がある。近くで酒店を経営していた浅海武夫さん(82)が自費で資料を集め、自宅の敷地に一九九四年に開設。所狭しと並ぶ古文書や地図や写真類が、当時の空気を呼び起こす
▼浅海さんは近代史を学ぶために六十四歳から十年間、早稲田大学に通った努力家だ。講談調の解説は楽しくすんなりと頭に入る。「畏敬すべき市井の人」(吉村昭さん)がいることを誇りに思う。
2012年8月20日
<日本は、イングランド以外の場所で私が訪れた最高の国です。山や海の景色は抜群です><江戸の官庁街ともいえるかいわいは、どの西洋列強にも引けをとらないでしょう>。幕末期の風景を絶賛する英国商人の手紙が、横浜開港資料館(横浜市)で公開されている
▼丁寧な字で父親に日本への親しみをつづったのは、チャールズ・レノックス・リチャードソン=当時(29)。この直後、東海道の生麦村(現横浜市鶴見区)で命を失う
▼一八六二年九月十四日(新暦)、薩摩藩主の父・島津久光の行列に馬に乗った四人の英国人が遭遇、攘夷(じょうい)思想に燃える藩士が激高し切りつけた。リチャードソンは絶命し、二人が重傷を負った
▼事件を機に起きたのが薩英戦争だった。英国との戦力差をまざまざと見せつけられた薩摩藩は、攘夷鎖国論を捨て開国論に転じた。歴史の転機になった生麦事件から今年で百五十年を迎える
▼現場の近くに「生麦事件参考館」がある。近くで酒店を経営していた浅海武夫さん(82)が自費で資料を集め、自宅の敷地に一九九四年に開設。所狭しと並ぶ古文書や地図や写真類が、当時の空気を呼び起こす
▼浅海さんは近代史を学ぶために六十四歳から十年間、早稲田大学に通った努力家だ。講談調の解説は楽しくすんなりと頭に入る。「畏敬すべき市井の人」(吉村昭さん)がいることを誇りに思う。