中日春秋
2012年8月17日
 海軍兵学校を卒業し、特攻要員として敗戦を迎えた岩島久夫さん(86)が広島に入ったのは、原爆投下の二日後だった。焼けた皮膚を垂れ下げた人、息絶える寸前の人たちが水たまりに体を浸し「水をくれ」とうめく地獄絵が広がっていた
▼戦後、米国政治を研究、防衛研究所戦史部長も務めた岩島さんは、米国防総省などの友人にも被爆地の惨状を伝えてきた。「核アレルギーはどんなに強くても強すぎることはない」。体験に基づく信念に米国の知己は耳を傾けてくれたという
▼かつて、岩島さんから米国で学んだ「法則」をうかがったことがある。ある国の「脅威度」は政治的距離に比例する。政治的距離は、カネや人、モノなど交流の量に反比例するという。その法則は東アジアで揺らいでいるように見える
▼韓国の李明博大統領は竹島への電撃訪問に続き、天皇の訪韓に関して外交儀礼をわきまえない発言を重ね、日韓のきしみは一層大きくなった。香港の活動家は、海上保安庁の制止を無視し、日本領土である尖閣諸島の魚釣島に上陸した
▼貿易や観光などの交流の大きさを考えれば、日本と韓国、中国との政治的距離は近く、脅威度は低いはずなのに、時計の針は未来を刻まない
▼政治的な距離が縮まらないのは、六十七年たっても衰えない戦争や植民地支配の苛烈な記憶があるからだ。領土問題の根源である。