中日春秋
2012年6月13日
 <ぼくの腎臓は病院へ逃げていってしまったので/週三回、こちらから腎臓に/会いにいかねばならぬ…>。自身の人工透析の体験に材をとった関根弘さんの詩『奇態な一歩』の一節である
▼腎臓ではないが、同じく大事な臓器の一つ、肝臓についてのこんな朗報に接し、思い出した次第。横浜市立大などのチームが、さまざまな細胞になる能力があるiPS細胞を使い、マウスの体内で人間の肝臓を作り出すことに成功したのだという
▼一つのパーツとして機能が確認できた臓器がiPS細胞から作られたのは、世界でも初めてらしいから、快挙である。サイズは小さいものの、立体構造を持ち、ちゃんと血管網ができて血液が流れ、タンパク質を生成したり薬を代謝したりする機能を備えているというから驚く
▼あの詩の中で詩人は、透析針の痛さなどに苦しみつつ<これ位のこと忍耐せねばなるまい>と自身を鼓舞。そして人工透析の開始を<新しく生きはじめたような気がする>、つまり、少し風変わりだが人生の新たな一歩だととらえる
▼今はまだ、小さな肝臓ができただけだけれど、これから、さまざまな移植用臓器づくりなどにつながっていくと信じる。やがては、<逃げていった>腎臓が帰ってくる日も来るのではないか
▼マウスの中に生まれた臓器は、だから、『奇態な一歩』ならぬ<期待の一歩>である。