中日春秋
2012年3月11日
 恐るべき大地の揺らぎと、とてつもない海嘯(かいしょう)をもって、無数の命を奪い去った大震災。今日で、あの日からちょうど一年になる
▼あらためて、かみしめている歌がある。<いかに堪へいかさまにふるひたつべきと試の日は我らにぞこし>。一九二三年、関東大震災の酸鼻を極める被害の中で、国文学者で歌人の佐佐木信綱が残した絶唱の一つ。信綱も、その際の火災で、長年心血を注ぎ、刊行目前だった『校本万葉集』の印刷用原稿などを失っている
▼思えば、二〇一一年三月十一日も<試の日>だった。とても現実とは思えない災禍を前に、どう耐え、いかに奮い立つべきなのかと、確かにあの時、私たちも震えた
▼そして、この一年は<試の年>。試されたのは、どう窮地を乗り切るか。被災者は懸命に耐え、奮い立った。被災地復興も着実に進んではいる。だが、まだ何も終わっていない
▼「原発」という社会システムを制御できるか? 放射能を正しく怖がり、間違って怖がらなくなれるのか? そうなることで被災地のがれき処理を他地域が拒む状況を変えていけるのか? 被災地との連帯感や震災の記憶を風化から守れるのか? 何より、この経験を社会の本質的変革につなげられるのか?…
▼あの日とは、多分、<試の時代>の始まった日だ。私たちは試され続けていく。“及第”せねば犠牲者が浮かばれない。