中日春秋
2011年12月7日
 ある大名が家来の治部田治部右衛門という侍を、親類の家に使者に出す話が落語にある
▼生来、忘れっぽく、おっちょこちょい。相手の家に着いたはいいが、使者の用件が思い出せない。尻をつねれば思い出すというので、その家の者が最後には釘(くぎ)抜きを使ってつねる。そしてやっと思い出したのが「屋敷を出る時、聞かずに参った」
▼題して『粗忽(そこつ)の使者』という落語だが、まるで、その翻訳のような言葉が英語にある。フールズ・エランド。直訳すれば「愚か者の使い」。いくら使いにやっても用件が達せられない、というわけで、「無駄足」を意味する
▼今、岐阜県中津川市で進行する奇妙な事態も、ある種の大掛かりな“無駄足”だろう。市政運営への反発から市長のリコールを問う住民投票実施が決まり、昨日から期日前投票も始まっているのに、二十五日の投開票は中止確実の情勢という
▼何となれば、当の市長が既に辞職届を提出しているため。それなら即、住民投票を中止すればよさそうだが、届けが二十二日付のため辞職確定まではやめられない決まりらしい。市長にも言い分はあろうが、どうせならもう少し早く辞めて、一千万円以上かかる期日前投票の費用や、それで投じられる票が無駄になる事態を避けられなかったものか
▼“民主主義のコスト”と呼ぶには何とも空(むな)しい。市民の長嘆息が聞こえる。