中日春秋
2011年10月5日
 「たまらなく~したい」というような場合、dying(ダイイング)を使う英語の表現があるが、あれは、日本語の「死ぬほど~したい」に相当しよう
▼どちらも、「コーヒーが飲みたい」ぐらいの時でも使うから、かなり大仰だが、死を持ち出すことで欲求を強調する表現なら、我が方には「~できるなら、死んでもいい」という途方もなく極端な言い方もある
▼ところで、ノーベル賞には「死後に賞を贈ることはできない」の規定がある。即(すなわ)ち、たとえ「ノーベル賞がもらえるなら、死んでもいい」と思ったとしても、先に亡くなってしまえば、かなわないことになる
▼この順序が問題になる事態が、実際に起きた。医学生理学賞の受賞者が発表された後で、うち一人が、そのわずか三日前に他界していたことが分かったのだ。米ロックフェラー大のスタインマン教授、六十八歳
▼その発見が授賞理由になった樹状細胞を使った免疫療法で、この四年半、自らのがん治療を続けていた。選考委員会は「死去が分かっていた人をあえて選んだわけではないから」と、結局、決定は変えないと結論してくれた
▼家族の気持ちは無論、「生きていてくれるなら、ノーベル賞をもらえなくてもいい」だろう。それものみ込んだ娘さんの言葉が素敵だった。「悲しい知らせとうれしいニュースで、みんなを戸惑わせるなんて、詩的で、父らしい」