中日春秋
2011年9月10日
 その国の人なら、ほとんど誰もが、その時、自分が「どこにいて何をしていたか」を覚えている出来事、というものがある
▼米国なら、例えばJ・F・ケネディ大統領の暗殺、アポロ11号による人類初の月面着陸などもそうだろう。そして「9・11」中枢同時テロは、間違いなく。世界を震撼(しんかん)させた事件から明日で、ちょうど十年になる
▼時の政権は報復に燃え、まずアフガニスタン、続いて、何の大義もないイラク戦争へとのめり込んだ。米メディアによれば、その戦費は現在の価値換算でベトナム戦争の二倍にも達する
▼それが米経済低迷の一因ともいうが、お金の損失など取るに足りない。「テロとの戦い」の中で命を落とした罪なき人の数は、あのビルで犠牲になった人の一体、何倍になるだろう。確かにビンラディン容疑者は殺害した。だが果たして、支払いに見合うものを米国、そして世界は得ただろうか
▼以前、中東で取材した一人のイスラム法学者が、「戒律を犯したから自殺したい」と悩む教徒をこう諭したのだ、と語った言葉を思い出す。「過ちを、より大きな過ちで解決しようとしてはいけません」
▼米国はまた、節目の日を狙うテロ計画の「具体的で信頼性の高い情報」を受け、厳戒態勢にあると聞く。それが、暴力をより大きな暴力で解決しようとした十年の末に巡ってくる「九月十一日」である。