中日春秋
2011年5月25日
 一分は一分だと時計は言うだろう。けれど、ある時の一分と別の時の一分の質が異なる、流れ方がまるで違うということは、私たちの感覚には歴然とある
▼二十九年もの服役を含み、事件の発生、逮捕から四十四年という途方もない時間は一体どんな流れ方をしたのだろう。茨城県で一九六七年、大工の男性が殺害された「布川事件」の被告二人のことだ。昨日の再審判決で、冤罪(えんざい)を訴え続けてきた桜井昌司さん(64)、杉山卓男さん(64)が無罪を勝ち取った
▼検察は「現場で見たのは二人とは別人」という目撃証言の捜査メモ、現場の毛髪や指紋に二人のものはないとする鑑定書など、すぐ無罪につながりそうな証拠を持っていたのに、三十年以上も隠していた。まったくひどい話だ
▼ともに、五十代で得た伴侶に支えられてきた。桜井さんがブログに<不運ではあっても不幸ではなかった>と書くように、冤罪に囚(とら)われた時間さえ灰色に塗り込められていたわけではないのだろう
▼それでも、無罪判決の瞬間、時間の流れ方はがらっと変わったに違いない。桜井さんが判決当日のブログ記事でそれを“予言”している。<新しい時間が始まる日になるだろう!>
▼「これからは家族で普通に暮らしたい」「二人の人生を一日でも、一時間でも長く過ごしたい」と二人の夫人。<新しい時間>の始まりを、心より祝福したい。