中日春秋
2011年4月21日
 『字統』などを著した漢字学の泰斗、故白川静さんが最も好きだった字は、「遊」に当たる古代文字だったそうだ。福井市の生家跡には、その字を刻んだ碑も建てられている
▼「遊び」には「ハンドルの遊び」のように、ゆとりの意味もある。あまりに厳密、緊張ばかりではうまくいかないことも多い世の中だから、大人にとっても「遊び」は無論、大切である
▼けれど、やっぱりそれを一番、必要としているのは子どもたちだ。たとえば、愛知県安城市の祥南小学校の加藤正雄校長は「休み時間の遊びは、子どもたちの生活の潤滑油だ」と語る
▼ここ二年半ほど、毎日更新しているという学校公式ブログでも少し前、<「あっ、晴れた」と言って元気に運動場に飛び出す子どもたち!>の写真を何枚も使って、こう書いていた。<遊びがなければ、学校生活ではありません>
▼『梁塵秘抄』じゃないが<遊ぶ子どもの声聞けば、我が身さへこそ揺るがるれ>だ。校庭に、当たり前に<子どもの声>が響いていれば、周囲の大人たちの心さえ浮き立つ
▼だから、残念だ。原発事故の影響で福島県内の十三の小中学校などで、屋外の放射線量が新たに定めた基準値を超えたため、校庭での活動を制限するよう、文科省が県教委などに通知したのだという。好きなだけ飛び回れるはずの遅い春に…。子らの鬱屈(うっくつ)を思えば、胸が塞(ふさ)ぐ。