中日春秋
2011年4月11日
 やや旧聞に属するけれど、選抜高校野球で創志学園高(岡山市)の野山慎介主将が行った選手宣誓には、多くの人が心打たれた
▼人は仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えられると信じる-。そんな力強いメッセージの中にあったのが、「生かされている命」に感謝する、という件(くだり)だ。その言葉に、今日で発生から一カ月になる大震災が、私たちにもたらした変化を思う
▼「3・11」を境に、あらゆるものが、それ以前とは違って見えるようになった感覚はないだろうか。穏やかな海辺の光景、煌々(こうこう)とネオン輝く街、安全な水や野菜、温かい食事…。当たり前だと思っていたことの多くが実はそうではないと気づかされた、と言ってもいい
▼ある被災地の高校生は、震災後の思いを聞かれ、「簡単に死ぬなんて言ったらいけないと思った」と答えた。あの膨大な命の喪失は、私たちが“生き残り”であり「生きていること」は当たり前のことではないと思い知らせた。つまり「生かされている命」だ、と
▼昨日の統一地方選では、原発を抱える福井県や立地話くすぶる三重県の知事選も行われた。以前と違って見えるようになったのは「原発」や「政治」も同じ。ともに無関心は命にかかわると、今度の痛切な経験で人々は覚(さと)った
▼視線が厳しくなるのは当然だ。新知事たちはそれに堪える仕事をしなくてはいけない。