中日春秋
2010年11月10日
 アリは、画家熊谷守一が好んで描いた生き物の一つだった。自宅庭の地面に頬(ほお)づえをつき、はいずり回る小さな命を飽かず、見つめ続けたという。その接近観察で、例えばこんな“発見”もしている。「アリは左の二番目の足から歩き出す」
▼群馬県桐生市で小学六年の女児が自ら命を絶った悲劇から二週間余。学校側が調査結果として、ようやく、心無い言葉を投げ付けられるなど日常的にいじめに遭っていたことを認めた
▼自殺の一カ月ほど前から、みながグループで食べる給食を独りぼっちで食べることが目立っていたともいう。不可解なのは担任ら学校側がそれを知りつつ、いじめには気づかなかったとしている点だ
▼「子ども一人一人を見つめていくのが学校や担任の基本」(同市教委委員長)のはず。彼女の様子から、いじめ、ないしは、その“芽”を疑うのにさほどの観察眼が必要だったとは思えない。両親から相談も受けていた。なのになぜ彼らには、いじめが「見えなかった」のか
▼熊谷画伯が地面にはいつくばったのは、アリを知るため、できる限り接近したかったからだ。苦しむ彼女を前に、もし教師や学校側がそうしていたら、見えなかったはずはない
▼いじめなどあってはいけない。だから見たくない…。彼らはそんな風に、覚えず距離をとってしまっていたのではないか。そう思えてならない。