中日春秋
2010年7月22日
 平安時代の歌人、紀實之(きのさねゆき)は古今和歌集の撰(せん)に当たるなど、才人として名を馳(は)せたが、それゆえ、殿上人のやっかみも買った
▼何とか恥をかかそうと、宮廷の部屋ごとに簾(すだれ)をかけておき、出仕を命じた。實之はただちに参内したが、常より多く簾があるため冠を当てて落としてしまった。ここぞとばかり「勅命である。歌を詠まれよ」と迫る殿上人。だが、實之、慌てずこう詠んで、人々を感じ入らせた。<實之が冠(かんむ)り落(おと)せば今日よりは貫之(つらゆき)とこそ召されたりけり>
▼出来すぎた話の気もするが、とにかく、かくて紀貫之と称されるようになったと田中貢太郎著『日本逸話全集』にはある。みんなの党の渡辺代表の菅内閣評が、これに似ている
▼曰(いわ)く、「菅直人さんの草の根の冠が取れて、『官』内閣になっている」。市民運動出身を「草」の根に掛けたなかなかうまい言い方。確かに民主党政権の「脱官僚」のイメージはかなり薄れてきている
▼そもそも政権発足直後、官僚との“協調”を打ち出した菅さんだ。今度は、「政治主導」の象徴のような構想だった国家戦略局の創設を見送るという。一層「官僚主導」になると懸念の声も出ている
▼「脱官僚・政治主導」は民主党の“冠”だったはず。参院選の敗北も案外、「消費税10%」自体より、有権者が、そこに「菅」より「官」のにおいをかぎ取ったせいかもしれない。