中日春秋
2010年7月7日
世に自伝の類(たぐい)は多いけれど、きのう、訃報(ふほう)が伝えられた梅棹(うめさお)忠夫さんの『裏がえしの自伝』はかなりユニークだ
▼「わたしは大工」「わたしは極地探検家」「わたしは芸術家」といった目次が並ぶが、実はすべてその後に「…になれなかった」が続く内容である。だから「裏がえし」
▼『モゴール族探検記』はかつて夢中で読んだ。『文明の生態史観』や初代国立民族学博物館長としての仕事など、いわば「わたしは民族学者…になれた」方の功績は今さら書くまでもない
▼だが、多彩な「…になれなかった」世界への知識や思い入れも相当。人生の分岐点で違う方に行ったが、それこそどの仕事でも<やってやれないことはなかったであろう>(「わたしは映画製作者」)と思わせる
▼思い出すのは詩人長田弘さんのこんな文章。<物事のはじまりは、いつでも瓦礫(がれき)のなかにあります。やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことの、そのあとに、それでもそこに、なおのこるもののなかに>。梅棹さんのそれは、きっと「好奇心」だろう
▼あの自伝の最終章「わたしはプレイボーイ」で、色気のとぼしい人生を嘆きつつも、でも、と続ける。何か面白いことをみつけて熱中するのがプレイ=あそびだとすれば<プレイボーイとしての人生を生きることには成功した>と。
2010年7月7日
世に自伝の類(たぐい)は多いけれど、きのう、訃報(ふほう)が伝えられた梅棹(うめさお)忠夫さんの『裏がえしの自伝』はかなりユニークだ
▼「わたしは大工」「わたしは極地探検家」「わたしは芸術家」といった目次が並ぶが、実はすべてその後に「…になれなかった」が続く内容である。だから「裏がえし」
▼『モゴール族探検記』はかつて夢中で読んだ。『文明の生態史観』や初代国立民族学博物館長としての仕事など、いわば「わたしは民族学者…になれた」方の功績は今さら書くまでもない
▼だが、多彩な「…になれなかった」世界への知識や思い入れも相当。人生の分岐点で違う方に行ったが、それこそどの仕事でも<やってやれないことはなかったであろう>(「わたしは映画製作者」)と思わせる
▼思い出すのは詩人長田弘さんのこんな文章。<物事のはじまりは、いつでも瓦礫(がれき)のなかにあります。やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことの、そのあとに、それでもそこに、なおのこるもののなかに>。梅棹さんのそれは、きっと「好奇心」だろう
▼あの自伝の最終章「わたしはプレイボーイ」で、色気のとぼしい人生を嘆きつつも、でも、と続ける。何か面白いことをみつけて熱中するのがプレイ=あそびだとすれば<プレイボーイとしての人生を生きることには成功した>と。