中日春秋
2009年12月15日
 釣った魚は成長する、と言われる。時とともに「こんな大物だった」と自慢する手と手の間隔は、だんだん広がっていくことが多い
▼記憶とは曖昧(あいまい)なもので、都合よく変更されがちだ。ある時は美化され、ある時はゆがめられ、そして、耐えられない時は…消し去られもする。公開中の映画『戦場でワルツを』の主人公の場合はそれだ
▼一九八二年、イスラエルがレバノンに侵攻する。パレスチナ難民キャンプでは虐殺事件が起きるなど被害は酸鼻を極めた。当時、若きイスラエル兵として侵攻に加わったフォルマン監督が、二十四年後、当時の記憶がポッカリと欠落していることに気づくところから物語は始まる
▼それを埋めるため戦友や従軍記者らを訪ね、取材していく過程が描かれるが、その手法は実にユニーク。普通のドキュメンタリーのように人物の証言などをビデオで実写撮影して作品にした後、それを基に一からアニメ化した。それがかえって普遍性を獲得している
▼消さなければ、自分を守れなかったほどの戦争の記憶。あえて蘇(よみがえ)らせたそれが、どんなものだったかの一端は、インタビューでのフォルマン監督のこの言葉が示しているようにも思う。「すべての戦争は愚かで無意味です」
▼一番新しいノーベル平和賞受賞者は「平和のための戦争」を肯定した。彼(か)の人の口からも、同じ言葉を聞きたかった。