2014年10月6日
中日春秋
 東京の落語家の地位は前座、二つ目、そして最高身分の真打ちの三つである
▼一九七八年の落語協会分裂の発端は、真打ち昇進をめぐる論争で、芸に厳しい三遊亭円生さんは実力主義を主張した。「下手な者を真打ちにするのは噺(はなし)家の恥だ。第一、お客に失礼」。もっともである
▼これに異を唱えたのが、当時の柳家小さん会長。真打ちになれぬ人間があふれ、腐っている。「年功がきた者はとにかく真打ちにする」。年功序列とはいえ、真打ち昇進を契機に、精進して、花を咲かせる人間もいる。これも正論だろう
▼年功序列の見直しが話題になっている。安倍首相は最近、年功序列型賃金の見直しの必要性を強調した。日立製作所では管理職の給与を年功序列ではなく、成果主義に全面的に改めるそうだ。国際社会に年功序列はなく、世界共通の人事制度に合わせるという
▼円生さんの言い分が優勢の世の中か。それ自体に異論はない。年功序列の見直しに「よしっ」と若い人のやる気が出れば、結構なことだが、過度な成果主義が世間をぎすぎすさせないことを祈る。ぬるま湯かもしれないが、日本特有の横並びの出世が会社員の心を落ち着かせていたのも事実だろう
▼ある落語家は若い時、下手だったが、先代の父親のゴリ押しで真打ちになれたそうだ。その後、昭和の名人になった。年功序列を嫌った当の円生師匠である。
2014年10月4日
中日春秋
 「ハザードマップ(災害予測地図)について、国は今後整備を進める予定だそうですが、町役場に届けられたらどうしますか?」。そう質問されたのは、一九七七年の北海道・有珠山噴火で損害を受け、復興に苦闘してきた地元の町長だ
▼「ちょっとまずいですね。まあ、役場で抑えておいて、あまり住民に知らせないようにしなくちゃ…」。せっかく観光産業の傷も癒えつつあるのに、災害予測などかさぶたをはがすようなものとの発言である
▼この町長の考え方が極端なのではない。火山学者・岡田弘(ひろむ)さんの著書『有珠山 火の山とともに』によると、観光客に危険な印象を与え、地元経済に悪影響を及ぼしかねない火山の災害予測地図作りに、国も自治体も及び腰だった
▼しかし、この町長は九三年に北海道・奥尻島が津波に襲われ、二百人近い住民が犠牲になったのを機に、考え直した。「観光振興どころではない。われわれ市町村長の使命っていうのは住民の命を守ることだ。私がクビになろうと、観光協会に排斥されようと、そんなことは眼のうちではない」。そうして築いた防災体制が、二〇〇〇年の有珠山噴火でものを言ったそうだ
▼犠牲者数が戦後最悪となった御嶽山の噴火を受け、国は火山の災害予測地図作りを急ぐという
▼「われわれの使命っていうのは…」。今、すべての関係者に胸に刻んでほしい言葉だ。