全身からボタリボタリと雫を落とし、髪はベッタリと垂れ下がっている。
いつものバーテン服のカッターシャツは静雄の肌に張り付き、線の細さを強調させていた。

「…トムさん、」

オレって人間なんすか?

静雄は半開きの唇を震わせて、そう言った。
か細い声とは裏腹、その瞳はしっかりとオレの姿を捕えている。

オレは、きっと微笑んだ。
いつも通りの『頼れる先輩』を演じるように。
そして震える喉を抑えて言った。

「人間だろ?他にな「化け物」

グシャリ、
一瞬で心臓がかみ砕かれた音がした。

ドキリ、ドキリと体中のいろんなものが上へ上へと込み上げて来る。

じんわりと、目が熱い。
鼻が痛い。
胸が締め付けられる。

(泣きそう、なのか)

どうせこんなにぐちゃぐちゃなんだ。泣いてもバレない。
それにもうオレは泣いているのかもしれない。
静雄だってオレがきたときから、いや、それよりもずっと前から泣いているのかもしれない。

「オレ、気持ち悪いっすよね」

異常なほど怪力だし。
傷だってすぐ治るし。
刃物も刺さらないし。

今日だって、取り引き相手が言ってました。
トムさんだって覚えてますよね?

オレはあのときキレちまったけど…
けど、自分が異常だってことは自分自身でも重々承知しているつもりなんっす。

池袋最強と呼ばれる男は焦点の合わない瞳で遠くを見つめながら、自嘲気味にそう言った。
ビージーエムの雨音は、それに賛同するかのように勢いを増す。不快、だ。

「お前は化け物かもしれねぇ」

自販機投げるし。
車に轢かれても死なねぇし。
おまけに喧嘩っ早いし。
オレの心臓がいくつあっても足りねぇよ。

静雄の目がピクリと見開く。酷く傷ついた、とでも言うように唇が噛み締められている。
それでもオレは話を続けた。

「それでもよ、お前はオレの大事な後輩だ」

オレはお前のいいとこも可愛いとこもたくさん知ってるつもりだべ。

本当はすごく優しいところ。
絶対に人を裏切らないところ。
友人や家族想いなところ。
食べ物を粗末にしないところ。
あと、上司に忠実なところ。

言ったら切りがねぇくらい、お前にはいいとこがたくさんあるんだよ。

そりゃあ静雄の身体はオレ等の常識外だけどな、

「お前の心は誰よりも人間くせぇんだ」
世間一般、否、少なからず池袋の人間から見た静雄のイメージはマイナスなものが多いだろう。なんせ『喧嘩人形』と呼ばれるほどだから。
それでもトムにとっての静雄は『可愛らしい後輩』だったのだ。沸点が低いのがカナリ傷だが、懐けば金魚のフンみたいにどこへでもついて来る。

けれど。静雄は絶対に人を寄せつけようとしなかった。悲しみや苦しみは全て自分自身の中に押さえ込む。
「どうしたの?」と聞けば、答えは「なんでもない。」これでは答えになってはいないのだが、追求してやると余計苦しめそうだから、オレはいつも静雄を遠くから眺める。
そうして静雄は人との間に壁を作り、その壁は年々塗り変えられて、今となっては鉄の壁になってしまった。

今日は静雄が仕事でミスッた。ちょーっと、取り立て相手を脅しすぎてしまったのだ。
もちろんオレが寸での所で食い止めたが、静雄の落ち込み具合ときたらはんぱなかった。
静雄が仕事でカッとなるのはいつものことだし、今日みたいなことは今まで散々あったのに。どうも、今日は異常な落ち込み具合だったのだ。

その後の仕事に支障はなかったが、やはり大事な後輩のことだから気掛かりでたまらなかった。



深夜1時。
いつもならこの時間は既に夢の中にいるのだが、今日は寝付けなかった。なんせ台風が近いせいで雨風の吹き荒れる音が五月蝿い。

きっと、この調子だと明日の仕事は休みになるだろう。そう思いながらも、布団に潜り込んで次の取り立ての資料に目を通す。

(オレって仕事人間だよなぁ…)

何が楽しくてこんな仕事をやっているのかは分からないが。まぁ、こんだけ続けてるってことはオレ自身楽しんでるんだろうな。

枕元に置いていたタバコに手を伸ばそうとしたときだった。

—RRRRR…RRRRR…

(ん?イタ電か?)

そう思って放っておいたが、なかなか鳴りやまない。

(うるせぇな。誰だべ)

あーもう、と若干苛立ちながら携帯を開く。
と、そこには『平和島静雄』と文字が浮かびあがっていた。

「もしもし静雄?」
「………」

無言。
冷たい機械越しに、ザーザーと耳障りな音が聞こえる。
嫌な予感。

「もしもし!聞こえてるか?」
「………」
「何処にいるんだ?」
「…ごめんなさい…トムさん…」
「ッ…いいから何処にいるんだ?!」



適当なスニーカーを履いて、寝巻のまま家を飛び出した。

(向かい風かよ…!)

メガネを濡らす雨粒を拭いながら、必死に走った。
着いたのは、家の近くの公園。
そのブランコの前に静雄は背を向けて立っていた。

「静雄何してんだ!」
「………」

走り寄るオレに静雄は振り返る。無表情のその瞳は、夜を映し出したように真っ黒だ。
「これからウソをつきます」

トムさんのこと年上とか先輩とかじゃなくて人間としてめちゃくちゃ尊敬してるんです。一緒に仕事してるだけですげぇ幸せだしお泊りの日なんて最高にドキドキします。正直理性保つのに精一杯なんっすよ。この先もしトムさんと喧嘩して嫌われたら絶対にオレ生きていけないです。だってトムさんだけですもん、オレのこと側においてくれてこんなに優しくしてくれるのは。でも最近はもっともっとそういうんじゃなくて別の意味で大好きになってきました。ほら人間って欲張りな生き物でしょう?だから頭撫でて貰うだけじゃなくて抱きしめてほしいしキスとかあわよくばそれ以上のこともしてみたいなって思うわけですよ。

「トムさん愛してます」
「ありがとな」
「っぐす、ウソ…です、からぁ…っぅ゛」
「はいはい分かってるべ?だから今だけは大人しく抱きしめさせろ」



(トムさん、)
(愛してるべ、静雄)
(っ~!!)
(なんてな。あれ?顔赤いぞ?)
(…大丈夫ですから)
(ウソ。愛してるよ)
(どっちっすか?)
(さあ。どっちだと思う?)