もう投げれるものが少なくなってきた。
あたり一面にはかわされてしまった自販機やごみ箱、店の看板が散乱している。

こんだけ暴れるとさすがのオレでも疲れてきた。
なのに目の前のヤツはムカつくくらい清々しい顔で、口角を吊り上げてオレを見ている。

気に喰わねぇ…!

あの冷たい眼差し、
人を馬鹿にした口調、
理屈の羅列、
全部が全部、気に喰わねぇ!

最後に唯一残っていた標識を、目一杯の力で横から回し投げた。そのとき、

「ぁ、…ッヴ…」
「あ…まずい!!」

イザヤが足元の自販機に躓いて、バランスを崩した。
ヤバいと気づいたときには既に標識ごと壁にぶっとんでいて、
いそいで駆け寄ると、後頭部から血を流して壁にもたれ込んでいた。

流れる血はドクドクと止まることなく、壁を伝って赤い水溜まりを作る。
その血溜まりが大きくなるのに比例して、呼吸音が薄れていくのが分かった。

『人殺し』
『お前のせいで皆不幸になる』
『死ねよ』
「違う、違う違う違う…ちがう…」

…違うはずがない。
全部、オレのせいだ。
オレさえいなければこんなことにならなかった。

どうしてオレは生きてる?
トムさんに迷惑かけるわけにはいかねぇ、絶対に。

そもそもなんでアイツのために、こんなにもオレが苦しまなきゃならないんだ。
ノミ蟲のくせにオレの夢に出てくるなんて図々しいにもほどがある。どこまでも鬱陶しい野郎だ。

ん?なんだか腹が立ってきたかもしれない。

「よし!気晴らしにコンビニ行くか」

いつものバーテン服に着替え、財布とケータイ、タバコをポケットに突っ込んで家を出た。





外に出ると、もう9月の半ばだというのもあって幾分か涼しく感じた。
月は半月ながらも、ネオンに負けじと池袋を照らしている。

夜中の池袋は新鮮だ。
この歳にもなってアレだが、なんだかワクワクする。

この時間の60階通りはどうなっているんだろう。もしどっか店が開いてたらプリンパフェが食べてぇな、なんて。
そんなことを考えているオレの脚は、コンビニへのルートを大きく反れて60階通りへと向かっていた。

「ずいぶんと遅い時間にお散歩なんだね、シズちゃん」
「ッ、!!」
「そんなに怖い顔しないでほしいな」
「ノミ蟲野郎がこんな時間に何しに来た?!」

どうやら60階通りに来たのは失敗だったようだ。

振り返ると、オレから5メートルほど距離を置いてイザヤが立っていた。
表情はいつも同様にムカつくくらいの笑顔で、相変わらず腰まであるコートを羽織っている。

オレから見たら、害虫でしかない。

「今日は自殺のお手伝いにきたんだよ」
「は?」
「だーかーらー、死ぬ手伝い!」
「イッ?」

いきなり投げられたナイフが頬を掠めた。
血が出ているのだろうか、傷口がスースーする。

「シズちゃんには自殺なんて縁のない話だよね。どうせ死ねない身体なんだから。でも死にたくなったら手伝ってあげてもいいよ?ハハハハハッ!!!」

―ムカつく。

一気に頭に血が上ったらもう自分自身を制御することなどできない。

「死ねぇぇええ!!!」

気づいたら近くにあった自販機をイザヤ目掛けて投げていた。
気付いたら上下左右真っ白な部屋にオレは立っていた。いや…此処が部屋なのかも分からない。
あまりにも真っ白で天地の境目さえ区別がつかない。

『っ、うっ…ぐ…』

―泣き声?

オレが見渡す限り、誰の姿も見えねぇ。
何処だ…何処からこの声は聞こえてくるんだ?

『うっ…ヤダ……』

―ッ

フイに頭に鈍痛が走った。

『来るな…来るなよ…』

『痛い、やめてくれ…助けて…』

―クソッ、誰だ?!

頭を突き刺すような痛みとオレを責め立てる声に脳みそがグラグラする。
ついに耐え切れなくなり、地面に四つん這いになると

『シーズちゃん。』

聞き慣れたテノールが頭上から響いた。
この声…人を小バカにするようなこの口調はアイツしかいない。

―イザヤッ!!

勢いよく頭をガッと上げると、目の前には
血。血。血。

大きな血の水溜まり。
その真ん中にイザヤが立っていた。下を向いているせいで表情は分からないが、額から血が滴り落ちているのが見える。
いつものコートの衿元や袖口は赤く染まり、その袖口からのぞく指先は死んだように真っ白だった。

『シズちゃんさぁ…』

血まみれなオレのことをどう思ってるの?
怖い?気持ち悪い?狂ってる?それとも可愛いだとか思っちゃった?ハハハハハッ…あーあ、面白いよ。最高に笑えるね。
でもこんなオレの姿がシズちゃんの理想なんでしょ?
だってさぁ、

『オレを傷つけたのはシズちゃんだから』

「うわあああーっあ?あれ?」

あたりは真っ暗闇。
ここはベッドの上。
外からはかすかに蟲の鳴き声が聞こえてくる。

ああ、そうか。夢か…。

しかしイヤな夢を見てしまったもんだ。
汗でじっとりした背中がシーツに擦れて気持ち悪い。
上半身を起こしてタンクトップを脱げば、幾分か身体が軽くなったように感じる。

汗ばむ手で枕元にある携帯を開くと、眩しい液晶の中で、時刻は2時に差し掛かろうとしていた。

これから二度寝する気にもなれない。またあの夢の続きなんて見てしまったら、きっと仕事に手が付かなくなってしまう。
でもこのまま起きとくのもダルいし、昼頃には眠気が襲ってくるだろう。
何れにせよ仕事に支障が…。