「あなた方の将来には無限の可能性があるのです」

ある朝私が体育館に向かうと、教壇の男がそういったのを記憶してる。

懐かしいな。
男は電車に揺られながら夢想する。
回想の深き階層の果てに釣り上げた記憶である。
懐かしいと感じないわけはないのだ。

電車は次のような回想も釣り上げた。

「あなたの夢と、今、目の前の事象は規模が違いすぎるだろう」
「だが、それを小さいといって、放り出すことは止めよ」
「小さな事ができぬ者に、大きな事は回ってこぬ」

ごもっともだ。
男は電車に揺られながら頷く。
これは浅い階層から釣り上げられた記憶なのだろう。
随分と明瞭に文章を思い出せる。

艶やかな女学生が男の隣をすり抜ける。
おや、この時期は。

電車に揺られ、どれくらい経ったろう。
途中、沢山の人が下車し、同時に乗車したのを記憶している。
だがしかし、その誰もが見知っているようで、見知らぬ他人なのだ。

電車は再び走り始めた。
おや、先頭車両では優雅に女学生が踊っているようだ。

先頭車両は艶やかだな。
男は少し身を乗り出しその車両を眺むれば、車掌に切符を見せろとせがまれる始末。

随分と長い電車だ。
男は左腕にしておる腕時計で時間を確認する。
いつまでたっても腕の奥から時計が顔を出さぬではないか。

男は執拗なまでに左腕を振った。
するとどうだろう。
抜けた。

そんな馬鹿なことが起こり得るのだろうか。
隣の女学生は悲鳴を上げ気絶してしまった。

おいおい、人工呼吸などできぬぞ。
男は頭の中では至って冷静に考えをまとめていた。

どうしたものか。
抜けた腕をどうすればよいのだろうか。
考えつつ差し伸べた右腕は、左腕を持ち上げると共に、崩れ落ちた。

電車は未だ揺らめいている。
まっすぐ走っているのか、それともどこかで分岐してしまったのか。
第一、この電車がどちらへ向かっているのかすらわからぬのだ。

そもそも、男が電車に乗った理由さえも、私にはわからない。
ただ目が覚めたら、男を眺めていたのだから。
知るわけがない、知りたいとも思わぬ。
ただ、石になる。

右手を石にして、”またね”それだけを告げる。
石と石がぶつかって”トンっ”と軽快に音を立てる。
これは私にとって、きっと素敵な回想として残るであろう。

回想列車は尽きることない。
様々な人の回想を深い階層から、浅い階層から集めてくる。
乗車する人、下車する人、外を眺める人、本を読む人、眠る人。
回想列車は様々なニーズにお応えします。

PR活動はしていない。
みなさん勝手に自然と無意識に乗車されておりますから。
駅長は私にそういった。

ただ最近は回想の忘れ物が多く、駅長も困っているそうだ。
そんな忘れ物の回想は、石になり、風化する。

右手の石と、右手の石を合わせる。
私とあなたとその手を”トンっ”と小突く。
そうして”またね”と告げる。
それはもしかしたら石にならない”おまじない”なのかもしれない。

艶やかな女学生の踊りは、止む事を知らない。