Pulp  Fiction

 三文小説(意味合い)

 パルプ・フィクション  




 1994年・U.S.A 映画。



 原案・脚本・監督
 「クエンティン・タランティーノ」

 原案
 「ロジャー・エイヴァリー」

 製作
 「ローレンス・ベンダー」

 音楽
 「カリン・ラクトマン」

 撮影
 「アンジェイ・セクラ」




















 出演

 「ジョン・トラボルタ」
 (ヴィンセント・ベガヴィック)

 「サミュエル・L・ジャクソン」
 (ジュールス・ウィンフィールド)

 「ユマ・サーマン」
 (ミア・ウォレス)

 「ヴィング・レイムス」
 (マーセルス・ウォレス)

 「エリック・ストルツ」
 (ランス)
 
 「フランク・ホエーリー」
 (ブレット)

 「フィル・ラマール」
 (マーヴィン)

 「クエンティン・タランティーノ」
 (ジミー)

 「ティム・ロス」
 (パンプキン)

 「アマンダ・プラマー」
 (ハニー・バニー)

 「ハーヴェイ・カイテル」
 (ウィンストン・ウルフ)




 ロサンゼルスの街  

 アフリカ系の殺し屋、ジュールス・ウィンフィールドとロサンゼルスのギャング『ヴィック・ベガヴィック』(リザーバー・ドッグス)の弟、ヴィンセント・ベガヴィックも殺しを生業にしている。
 彼らの仲間ブレットから、ギャングのマーセルス・ウォレスのブリーフケースを取り戻せという命令で動いていた2人だが、ブレットの仲間を殺し、ブレットも始末(殺して)して、ブリーフケースをマーセルスのところに持っていった。

 ヴィンセントは、マーセルスから、自分が街を離れている間、妻のミア・ウォレスのボディー・ガードをしてほしいと頼まれた。

 ミアとヴィンセントは、1950年代風のレストランで、ツイスト・コンテストにでてノリノリで踊っている。

 ヴィンセントの家についた2人。彼がバスルームに行っている間に、ミアは彼のヘロインを見つけ、鼻から大量に接種する。ミアは、白いドラッグをコカインだと勘違いしていた。
 ヘロインのオーヴァードゥース(過剰摂取した)をしたミアは急性の薬物中毒になって昏睡状態におちいってしまう。
 ヴィンセントは、ミアをランスのところに連れていき、死にかけているミアの心臓に直接アドレナリンを注射する。
 息を吹き返すミア。

 ヴィンセントは、ミアを家まで送りながら、この件はマーセルスには秘密にしておこうと2人は約束した。


 前の時間に戻る 
 『ジュールスとヴィンセントがブレットを殺したアパート』

 彼らが、ブレットを殺した直ぐ後に、バスルームから男が飛び出して来て、至近距離からジュールスとヴィンセントに向かってピストルを撃ちまくる。
 ジュールスとヴィンセントは、呆然と立ち尽くしている。
 2人は、自分たちが被弾していないか確かめている。
 2人とも、一発も弾は当たっていない。
 ジュールスとヴィンセントは、ピストルをかまえてその男を撃った。



 ブレットの仲間のマーヴィンとジュールス、ヴィンセントの3人は車に乗っていると、さっきの話になり、ジュールスは自分たちが生きているのが奇跡だと言うと、ヴィンセントは、そんなことはないと言い返し、2人は言い争いになる。
 ヴィンセントは、手にしているピストルが突然暴発してマーヴィンの顔に当たる。マーヴィンは即死して真っ昼間の車内は血だらけになり、2人も返り血で、どうしょうもない状態になっている。

 2人は、ジュールスの友だちのジミーの家に行き、車を隠しジミーの妻のボニーが帰って来る前に、死体の始末をしなければならない。
 マーセルスは、掃除屋のウィンストン・ウルフをジミーの家に送り込む。
 ウルフは、2人に死体をトランクに移し、車の血を掃除して、ジャンク・ヤード(廃車置き場)に持って行くように指示した。



 ダイナー 

 ジュールスとヴィンセントが食事をとっていると、ジュールスは、またさっきのアパートの話をもちだす。
 ジュールスは、自分がたすかったのは、『神のおかげ』だと言い、やはり奇跡だと信じている。
 彼は、これを機会に足を洗い、殺し屋稼業をリタイアすると話す。

 ヴィンセントがトイレに行っているときに、ダイナーにいた、パンプキンとハニー・バニーが、店内で客目当ての強盗を始めた。
 ジュールスが持っているブリーフケースを盗もうとしているパンプキン。
 ヴィンセントは、ハニー・バニーにピストルを突きつけて戻ってくる。
 ジュールスは、聖書の一節を唱えだす。
 そう、彼が殺しをする前に必ず行う儀式だ。

 ジュールスとヴィンセントは、ブリーフケースを持ってダイナーから出てきた・・・。



 ※パルプ・フィクションは、循環構成といわれる方法論をとって、時間軸が移動していますが、僕は、短編を集めた映画と捉えています。
 クリストファー・ノーラン監督作品の『メメント』のように時間軸を逆転させた複雑なシナリオではなく。単純に時間が前後し、短編作品が入り組んでいるだけと捉えています。
 僕は、主に俳優の拘束時間を短縮するために短編のような構成をするのだと思います。
 クエンティン・タランティーノ監督は、莫大な予算を使わないで早撮りする職人的な技術を持っています。
 
 なので、あえてわかりやすいように、Part.1では、ジュールスとヴィンセントのエピソードだけを続けてストーリーを説明しました。

 Part.2に続く。