ネットで懐かしい画像を見つけた
『アレンジボール』である

この台よく遊んだ思い出がある。
『ギャンブル』というものを初めてやったのが
コレである・・・・
中学3年の時に近くの「パチンコ屋」に200円持って
よく行ったものだ。頑張れば倍の400円になった。
コツをつかめば結構勝てるのであった。
技は「溜め打ち」と言って手打ちのバネの部分に③発
溜めて右手の親指でバネを押さえ、
左手の指2本で弾く。というやり方だ。
当時は、パチンコに大人・アレンジに若者といった感じである。
ジャン球と言ってマージャンの台も新台で導入されたが
④台しかなく、たまにしか打てなかったのを覚えている。
ずっと『アレンジ』ばかり打っていたのだが、
ある日、家にあったパチンコ玉(両親はパチンコをやらない)④発をポケットに入れ、『アレンジ』で儲けた後に
その④発を打った・・・・・
その台はチューリップ台でストローク調整など知らない
俺様はハンドル満開で打った。(電動ハンドル)
何故か右のチューリップにバカスカ入る。
右のチューリップに入賞すると隣りのチューリップも
開く台で小さい箱1つ出た。
知らないおじさんが(プロ)
『兄ちゃん良い台つかんだな・この辺狙って打ってみろ』
と言われ、その通りにしたら・・『打ち止め定量』
④発しか使っていないから400円くらいになるのかと考えながら景品と交換したら・・・・・
4000円分の景品だった。
そうなると馬鹿らしくて
『アレンジ』なんてやってられない。
という感じでパチンコにハマってしまったのである・・・
しかし俺はツイていた。
学生だったので毎日は行けないが、必ず行くと打ち方を教えてくれた『おじさん』(プロ)が居たからだ。
②度目に会った時に前回のお礼としてコーヒーを買って
行ったら『仲良し』になったのである。
良台を教えてもらい、その後『釘』の読み方など教わった。
だが、長くは続かなかった・・・・
ゼロタイガーの出現である・・・
『寄り釘』が判らずかなり負けた。
その頃、プロは違うパチンコ屋に移動していた。
自分なりに勉強して何とか勝てるようになったのだが、
勝つとパチンコ屋で知り合った②つ③つ年上の先輩にマージャンに誘われ、必ず負けていた・・・
(このころはマージャンの役すら知らないレベル)
でも・・負けるのだが面白い。。
パイも買って『盲パイ』の練習もした。
早く積めるように練習もした。
振らない勉強も独学でした。
そのかいあって、職場の同僚や同期のやつらには
負けた事がなかった。
雀荘デビューは遅かったのだが。
そのうち④マンなんてかったるくて③マばかりになるのであるが。
今はパイすら触っていない・・・・
たまに雀荘の近くを通ると寄ろうか考えるときもあるが、
年のせいか面倒くさいなと思ってしまう。
今年になってパチもスロも打っていない。
面倒くさいパターンである。
かつては『熱い男』と言われたが今じゃ・・・
俺様のハングリー精神は、すでに終わったのである。
唯一の楽しみは「競馬」だけになった。
何やらロト⑦まで出てくるようだ・・・・・
どうせなら『カジノ』を作った方が・・・
と思うのは俺様だけであろうか?