詩 | 湘南の建築家のひとりごと

暫く時間をあけてしまいました。
数日前に事務所への道のり、バイクで転倒して肋骨を骨折しました。
いつもは自転車なのですが、この日に限ってというパターンです  情けない。
まあ、時間がたてば治癒するのでしばらくはおとなしく・・・・

さて
気になる「詩」を見つけたので紹介します。
個人の感想は特に控えますが、なにか襟を正される感じです。


「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

それはながい間
私たち女のまえに
いつも置かれてあったもの、

自分の力にかなう
ほどよい大きさの鍋や
お米がぷつぷつとふくらんで
光り出すに都合のいい釜や
劫初からうけつがれた火のほてりの前には
母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

その人たちは
どれほどの愛や誠実の分量を
これらの器物にそそぎ入れたことだろう、
ある時はそれが赤いにんじんだったり
くろい昆布だったり
たたきつぶされた魚だったり

台所では
いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意の前にはいつもいくたりかの
あたたかい膝や手が並んでいた。

ああその並ぶべきいくたりかの人がいなくて
どうして女がいそいそと炊事など
繰り返せただろう
それはたゆみないいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

炊事が奇しくも分けられた
女の役目であったのは
不幸なこととは思われない、
そのために知識や、世間での地位が
たちおくれたとしても
おそくはない
私たちの前にあるものは
鍋とお釜と、燃える火と

それらなつかしい器物の前で
お芋や、肉を料理するように
深い思いをこめて
政治や経済や文学も勉強しよう、

それはおごりや栄達のためでなく
全部が
人間のために供せられるように
全部が愛情の対象であって励むように。



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