最近、駅の階段や家の階段でつまづくことが多い。

何も考えずに自分の本能に任せて一段一段登っているつもりなのに...

どうして自分は階段が苦手になったのか考えてみた。

20歳を機に老化が始まり足が上がらなくなたからか。

空間把握能力が衰える病なのか。

どちらも違うんだ

と願いたい。



だから、こう考えた。


駅で急いで移動することも多く、いつも駆け足だった。

階段も二段飛ばしで登るのが当たり前だった。

そんなハイペースの当たり前が体に染み込んでいるから、

一段ずつがとても遅く、小さく感じたのかもしれない。


人間、慣れるとそれが当たり前になる。

以前は難しいと感じていたことが慣れによって当たり前に変わることはたくさんある。

例えば自転車。昔はバランス感覚を取るのも大変だが、覚えてしまえば片手を離して

運転することだってできる。


つまり、自分のこなせるレベルを一段階上げて行い続けることによって

それは自分にとって当たり前のレベルになる。

だから今回、階段をゆっくりと登ることに違和感を感じてつまづいてしまうのだ。

と思う!



結論:常に一段上のギアを使っていれば次第にそのギアが標準だと感じるようになるのだ。
   

かじまる。

僕は、昔からよく「変わっているね」と言われます。


小さいころからやることなすことがおバカでした。


例えば、マヨネーズを回転させて振っていたら天井にぶちまけたり・・・

たくさんありすぎて忘れました(笑)


つい先日も妹の部屋にバイト先で何かに使えないかと貰っておいたAKBのポスター8枚ぐらいを


部屋中に貼って、アイドルヲタクのような部屋にして・・・(笑)


ほんとくだらない兄です。。。


本題ですが、最近は「変わってるね」「変わったね」と言われることがとても誇らしいことだと


思えるようになりました。


普通の人は嫌だと思うかもしれませんが、変化したということは以前の自分と違う自分になれたということなんです。


大昔、恐竜は地球で一番力を持っていて、強者とされていました。


しかし、現在は滅びていなくなりました。


何が言いたいかというと、恐竜は変化に対応できずに滅んでいったこと。


人間は変化に対応できたからこそ今地球で一番の力を持っているのです。


要するに変化し続けなければ衰退もしくは絶滅してしまう。


変化を受け入れ対応していける人がこれからも生き残っていけるのだと。


そこで自分の変な人と言われることは大いに歓迎で、それを受け入れ自分自身も


変化し続けなければいけないのだと思えた。

ガラパゴスになってはいけない、変化を歓迎しよう。

変わるってことは面白いですよね~。


現状に満足してないから変わりたい。今の自分を変えたい。


変わることってつまり今の自分よりも優れた状態になりたいってことですよね。


この変わることってどうやったらいいのでしょうか。


私は変わるには2パターンあると思います。


まず一つ目は内から変わるという方法。


二つ目は外から変わるということ。


内から変わることとは、行動を変える。習慣を変える。


変えるということには一般的にはこちらの方法で変えていると思います。


毎日5時起きで人生が変わる。速読で能率アップ。など


これらはとても大切だと思います。


ですが、今回は外から変えるについて考えてみました。


外とは外見。ビジネスマンならスーツですが、スーツでもシワがなくてピシッっとしていると気持ちが


張りますよね。お気に入りのネクタイだと気分がいい。デートではおしゃれな格好をすると自信がつく。


お気に入りのボールペン、予定帳など自分が好きな物だと早く使いたくなってメモを気分よく取る。


これってとても大事なことだと思います。


身なりに自信があるから。使っているモノが好きだから、内面にも自信が出てくる。


いつも以上に気分が乗っているので発言も上手くいく。行動力も上がる。もうちょっとやってみようと欲が出る。


外から変えても自分の気分をコントロールできればいつも以上の能率を発揮できるような気がします。


何も感じないものより、自分が良いなと思えるモノを使える人になれれば自分の想像した姿が外から内へと、


そして一巡して洗礼された姿が外に表れるのではないだろうかと思います。