京都の有名な波動のドクターも西洋医学の主治医も、結局のところ当てにならなかった。
12月に遠隔転移が分かる3ヶ月前、
私は既に自分の体に異常を感じていた。
左の首のリンパ節が腫れていて、肋間神経痛のような痛みもあった。
西洋医学、代替医学、両方の医師に相談したが、これは癌の再発ではないと言われた。
私は何かおかしいなと思いつつも、医師たちの言葉に安心をしてそちらを信じてしまった。
自分の感覚が正しかったにもかかわらずである。
12月定期診察で遠隔転移が判明した時、
さすがの私も、頭を抱えてその場で突っ伏してしまった。本当に頭が真っ白になった。
主治医は、まだ余命宣告とかする段階にないし、抗がん剤治療にはなるけれども、よく効く組み合わせの薬もあるからと私を励ましたが、私は抗がん剤治療をもうやる気は無かった。
病院からタクシーで家に帰ったがずっと泣き腫らして帰った。
私は生前整理をしようと思った。
1番気になるのが夫のことであった。外国人である彼は私が死んだら自分の国に強制送還されるのかなとか、私の両親に頼んで彼を養子にすれば、彼は日本に居続けることができるのだろうかとか、そんなことを考えていた。
でもそれと同時に、このまま何もせずに死んでいくのも嫌だと言う気持ちがあった。
そこで手に取ったのは、ケリーターナー博士が書いた
癌が自然に治る生き方ー余命宣告から「劇的な寛解」
に至った人が実践している9つのことー
と言う本である。
この中には私と同じく乳がんで、現大医学ではもう治らないと言われた人たちがいかに復活してきたか、
たくさんの事例を知ることができた。
また、ケリーターナー博士が世界中から集めた劇的な寛解にやった人のデータベースをサーチしてみると、
ものすごい数の乳がん患者だった人達のデータが出てきた。(全て英語。英語ができてよかったと思う)
それらを一つ一つ読みながら、
自分の状況に近い、あるニュージーランド人の女性の
話に私は釘付けになった。
彼女との出会いがこれからの私の方向性を変えるものとなった。