ごきげんよう。私です。療養中だったレオノール・リームです。
極東のJAPON(ハポン)では地震が起こり、大変なようだな。
ハポンは現地で日本と書くそうだが、東北地方を中心に大きな地震があったようで、
発見されたばかりの珍しいものが届かなくなってしまった。
はやく復興してくれないと、カタナとか、和紙とかが届かないぞ。困った…。
東北といえば、ニコ動の訛り実況として知られるキリン氏も東北だったな。
大丈夫かと心配していたのだが、ついったーで安否確認されたな。
私もホッと一安心だ。
それはさておき、もうすっかり傷も癒え、走れるくらいになったのだが、
この極東の地震の影響で、譲ってくれると言っていた船が帰ってこない。
大丈夫なのだろうか。船は。
船が届かないと、航海に出れないではないか。
もうメインマストに描く黒胡蝶も注文してしまったではないか。
船もないのに、マストだけあってもしょうがない。
このまま航海に出れず、老いていくのか。あれもこれもしないままに…。
こうかい先に立たずとはよく言ったものだ。
なんて、酒場であのくっさいオッサンと飲んだくれながら、
考えてたら、無事到着した。船が。
譲ってくれるというのは、どうやら、くっさいオッサンこと、
カバリェ中将の知り合いらしな。ま、どうでもいいけど。
しかも、そろいもそろって、ボロッボロの服に、クサイくさい。
鼻が曲がりそうだ。いいかげんお前ら風呂入れ。
グアダルキビール川に放りこんでやろうか。
まあ、そんなところで、2ヶ月ぶりだろうか。海に出れた。
海風が心地良い。やっぱり私の生きる場所は、陸ではなく、この大海原なんだなと
改めて感じる。
この大海原の向こうに、母様の生まれ故郷があるのだろうか。
きっとたどり着いて見せる!
決意も新たに、まずは簡単な任務で肩慣らしと行こうか。
ギルドに行くと、パルマへの連絡書簡を渡さなきゃなのだという。
パルマは、地中海西部に浮かぶバレアレス諸島のマジョリカ島にあるな。
サッカーで有名になったな。あれは違ったか??
まあ、二週間ぐらいで、さっさと帰ってこれるとタカをくくっていたのだが…、
うん。襲撃にあってしまった。
パルマにつくまでは、快適だった。
海風を心地よく感じながら、
懐かしい顔を肴に思い出話にも花が咲いた。酒が旨かった。
パルマ港に着いて、港の係官に書簡を渡して、記念に写真をとってもらった。

意気揚々と、帰途についたわけだが、途中でカタルーニャ海賊の強襲を受けてしまった。
なんか船体が倍くらいに感じる。マストも2本あるし。メインマストには帆が二つあったし。
しかし、そんなくらいで負ける私ではない。私は、郷士なのだから。
暗くなってきたくらいには、だいぶダメージを与えることができた。
よくは見えないが、船から漏れる灯りからは、
かなりボロボロになってきていることが見て取れる。
空が明るくなって来る頃には、明らかにぼろぼろになっていた。
沈まないのが不思議なくらいだ。
「左舷10時方向、敵艦旗艦。装砲用意ィ」
「って(撃て)ーー!」
あらん限りの声を出し、号令を出す。
2連砲で放たれた砲撃が、敵艦を貫く。
敵はたまらず、白旗を上げてきた。
積荷には、たいしたものは積んでいなかったので、600ドルで勘弁してやる。
額には、心地良い汗が浮かんでいた。
やっぱりこうでなくちゃな。
一回死んだ時の借りを返した気分になる。
それから、何隻かセビリャ近くのならず者たちを退治しながら、帰途についた。
船が小さすぎて、ぱそこんを持っていけない。
なので、家に帰って、一息ついた後、このブログを書いている。
貯金もあるので、すぐに新しい船を買えるだろう。
それまで、帰ってからしかブログを書けない。
だから、それまで更新頻度はそんなに多くできないだろうが、
ともかく、再び新しい旅のスタートだ!
極東のJAPON(ハポン)では地震が起こり、大変なようだな。
ハポンは現地で日本と書くそうだが、東北地方を中心に大きな地震があったようで、
発見されたばかりの珍しいものが届かなくなってしまった。
はやく復興してくれないと、カタナとか、和紙とかが届かないぞ。困った…。
東北といえば、ニコ動の訛り実況として知られるキリン氏も東北だったな。
大丈夫かと心配していたのだが、ついったーで安否確認されたな。
私もホッと一安心だ。
それはさておき、もうすっかり傷も癒え、走れるくらいになったのだが、
この極東の地震の影響で、譲ってくれると言っていた船が帰ってこない。
大丈夫なのだろうか。船は。
船が届かないと、航海に出れないではないか。
もうメインマストに描く黒胡蝶も注文してしまったではないか。
船もないのに、マストだけあってもしょうがない。
このまま航海に出れず、老いていくのか。あれもこれもしないままに…。
こうかい先に立たずとはよく言ったものだ。
なんて、酒場であのくっさいオッサンと飲んだくれながら、
考えてたら、無事到着した。船が。
譲ってくれるというのは、どうやら、くっさいオッサンこと、
カバリェ中将の知り合いらしな。ま、どうでもいいけど。
しかも、そろいもそろって、ボロッボロの服に、クサイくさい。
鼻が曲がりそうだ。いいかげんお前ら風呂入れ。
グアダルキビール川に放りこんでやろうか。
まあ、そんなところで、2ヶ月ぶりだろうか。海に出れた。
海風が心地良い。やっぱり私の生きる場所は、陸ではなく、この大海原なんだなと
改めて感じる。
この大海原の向こうに、母様の生まれ故郷があるのだろうか。
きっとたどり着いて見せる!
決意も新たに、まずは簡単な任務で肩慣らしと行こうか。
ギルドに行くと、パルマへの連絡書簡を渡さなきゃなのだという。
パルマは、地中海西部に浮かぶバレアレス諸島のマジョリカ島にあるな。
サッカーで有名になったな。あれは違ったか??
まあ、二週間ぐらいで、さっさと帰ってこれるとタカをくくっていたのだが…、
うん。襲撃にあってしまった。
パルマにつくまでは、快適だった。
海風を心地よく感じながら、
懐かしい顔を肴に思い出話にも花が咲いた。酒が旨かった。
パルマ港に着いて、港の係官に書簡を渡して、記念に写真をとってもらった。

意気揚々と、帰途についたわけだが、途中でカタルーニャ海賊の強襲を受けてしまった。
なんか船体が倍くらいに感じる。マストも2本あるし。メインマストには帆が二つあったし。
しかし、そんなくらいで負ける私ではない。私は、郷士なのだから。
暗くなってきたくらいには、だいぶダメージを与えることができた。
よくは見えないが、船から漏れる灯りからは、
かなりボロボロになってきていることが見て取れる。
空が明るくなって来る頃には、明らかにぼろぼろになっていた。
沈まないのが不思議なくらいだ。
「左舷10時方向、敵艦旗艦。装砲用意ィ」
「って(撃て)ーー!」
あらん限りの声を出し、号令を出す。
2連砲で放たれた砲撃が、敵艦を貫く。
敵はたまらず、白旗を上げてきた。
積荷には、たいしたものは積んでいなかったので、600ドルで勘弁してやる。
額には、心地良い汗が浮かんでいた。
やっぱりこうでなくちゃな。
一回死んだ時の借りを返した気分になる。
それから、何隻かセビリャ近くのならず者たちを退治しながら、帰途についた。
船が小さすぎて、ぱそこんを持っていけない。
なので、家に帰って、一息ついた後、このブログを書いている。
貯金もあるので、すぐに新しい船を買えるだろう。
それまで、帰ってからしかブログを書けない。
だから、それまで更新頻度はそんなに多くできないだろうが、
ともかく、再び新しい旅のスタートだ!