続き
ヒトラーは権力掌握のため国家緊急権をどう巧妙に使ったのか?という点についてです。
1933年1月30日、念願の首相に任命されたヒトラーは、議会で多数を取るため、すぐに議会を解散しました。
そして、選挙に向けて互いに利用し合う関係にあった、当時のヒンデンブルク大統領を動かしました。
2月4日、共産党が全国ストを呼びかけていた、 それを見るや国家緊急権を発動させたんです。
集会と言論の自由を制限。
政府批判を行う政党の集会、デモ、出版をことごとく禁止。
それから3週間経って、立て続けに国家緊急権を発動します。
2月27日、あの有名なベルリンの国会議事堂が放火される事件。
一説にはナチスの自作自演だという話もあります。
これをヒトラーは「国家転覆を図る陰謀の危機だ」としてオランダ人共産主義者を逮捕。
2月28日、国家緊急権を使いました。
今度はあらゆる基本的人権を停止。
司法手続きなしで逮捕も出来るようにしました。
もはや 野党は自由な活動が出来なくなりました。
続く