続き


当時のドイツは第1次世界大戦に負けて、巨額の賠償を抱え込んだ。

経済は一旦立て直すことが出来た。

しかしその後。

世界恐慌が起きて、街中に失業者が溢れた。

失業していない人の心の奥にも、失業への恐怖が渦巻いていた。


そういう中で、ヒトラーは経済対策と民族の団結を打ち出していった。

「強いドイツを取り戻す。 敵はユダヤ人だ」

と憎悪を煽るストレートな表現で。


演説が得意なヒトラーは、反感を買う言葉を人受けする言葉に変えるのがうまかった。

例えば独裁=決断できる政治。

 戦争の準備以降平和と安全の確保。


ヒトラー「平和を愛すると共に、勇敢な国民になって欲しい。この国を 軟弱ではなく強靭な国にしたいのだ。この道以外にない」


ヒトラーの副臣、へルマン・ゲーリングも後にその手法を語っている。




「国民は指導者たちの意のままになる。それは簡単なことだ。自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。

平和主義に対しては、愛国心がなく国家を危険にさらす人々だ、と批判すればいいだけのことだ。

この方法はどこの国でも同じように通用する」





続く