続き
ミッキー吉野さんは1974年夏に帰国。
ジョニー野村さんから「紹介したいひとがいるんだ」と連絡を受けまして、当時東京外語大の学生だったタケカワユキヒデさんを紹介されます。
タケカワユキヒデさんは既にご自身で音楽活動していて、アレンジや曲の協力をしてしてくれないかということで。
ミッキー吉野さんは、帰国してミッキー吉野グループってのをやっていくんですが、海外での生活が長かったからなのか、日本だとノリが違うということに違和感を覚え始めます。
リズムの、裏なんだけど裏に聴こえない。
当時の日本のミュージシャンの曲だと(みたいな)、全部表に聴こえてしまうことに悩んだ、と自伝でおっしゃってます。
山口一郎:裏のノリをなかなか日本人はね…
小学校の授業で、カスタネットで表を習うくらいだから、裏のグルーブはなかなか出ないですもんね。
もともとお友だちだったベースのスティーブフォックスさんとも「このままだと、自分たちもどんどん下手になっちゃうんじゃないか」という焦りもある中、ギターの浅野孝巳さんの弟さんにドラム頼んだり、色々したんですけども、やっぱりリズム隊に外国人入れたほうがいいんじゃないか、ということで…
山口一郎:そのグルーブ出したいんだったら、その国のひとを入れようと。
ベースのスティーブさんと相談して、アメリカからドラマーを呼ぼうということに。