《拝啓、藤田嗣治 様》展は、個人所蔵のレア物が観られる展覧会です。
(遠回しに "行かれる方はフランスの風景画を期待しないほうが...")

興味をそそられる展示品のキャプションを、いくつかメモしてるので、それを書き留めておきますね。


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大戦中の1918年、藤田32歳のとき。
Parisがドイツ軍の長距離砲による被害を受けていたため、藤田は妻、モディリアーニ夫妻、画商夫妻と共に南仏Cagnes=Sur=Mer(カーニュ シュルメール)へ。
当時、裕福な人たちは南仏に疎開していました。

そこではお金を工面するため、モディリアーニの絵(25フラン)を隣町Niceへ売りに行ったこともありましたが、売れずに戻ってしょげかえることも。

(いずれここに地図を挿入)

藤田はモディリアーニと知り合ってから、裸婦像を描くようになりました。
(モディリアーニはヴェネツィアの裸婦美術学校に行くほどの、裸婦プロ(^^))

ふたりの裸婦像に、似たモデル女性(ポーランド人)が描かれているので、恐らくふたりでイーゼル並べて描いていたのでしょう。
*ここで妄想膨らむ。《美しき諍い女》やピカソが出てくるヨーロッパ映画の場面が。

裸婦像の巨匠ルノワールも、晩年カーニュにアトリエを構えており、藤田とモディリアーニは一緒にルノワールを訪ね、助言を求めていました。
(ちなみにルノワールは1919没、モディリアーニは1920没)


続く