ブラタモリ御一行さまは、大阪高低差学会の新之助さんの案内で、最後に真田丸の南側(下の赤枠と左側)を訪れます。
ナレーション(以下na) 南側の堀は、徳川軍が攻めてきた場所です。
絵図では堀が描かれ、幅二十四 五間(45mほど)もあったと記載されています。
新之助:この辺、痕跡ってどうですかね?
ありそうですかね?
タモリ:(じっくり見渡す)うーん。。ない。。ですかね。
新之助:我々も色々歩いてみたんですが、この南側の堀に関しては、見つけられませんでした。
真田丸は大坂冬の陣のあと、徳川方によって徹底的に破壊されました。
とはいえ、西側、北側、東側の三方どうでした?
タモリ:まぁまぁ残ってました。
新之助:この南側の堀は、徳川方に1万人もの死傷者が出てると言われてる場所なんです。
新之助:徳川方はこの堀を恐れて、徹底的に...
タモリ:破壊して、跡形もないようにしてやれ、という...
相当な痛手で早く忘れたいし、痕跡を消したい。後世に語り継がないで欲しい、と思ったんでしょうね。
na:難攻不落の大坂城の象徴、真田丸。
南側にわずかな痕跡もないことこそ、真田丸がここにあった証なのかも知れません。
↓青い線が道路、赤の枠が一段高き明星学園敷地と心眼寺
大河ドラマ真田丸
岡本健一さん素敵(*´ω`*)




